Dear my dearest

 

25

 

 

 

   「まいった………」

  自室に戻り、 汚れた服を着替えたデュークは、 身近の椅子に座るとはあっとため息をついた。

  信じられない………

  ちらりと脱ぎ捨てた服に目をやって、 またため息をつく。

  信じられない……

  ニコルのとんでもない行動が、 ではない。

  自分の反応が信じられないのだ。

  こともあろうか、 子犬が汚してしまった服を脱がそうと伸ばしてきた少年の小さな手に、 下半身が

反応しそうになってしまった。

  あの小さな手が自分に絡みつく様子を咄嗟に思い浮かべてしまった。

 「一体何を考えてるんだ、 私は………」

  相手は子供だ。

  それも昨日までは歯牙にもかけていなかった少年だ。

  それなのにどうしてこんな急に………

  自分が情けなくなる。

  いくら少年の思いがけない美貌を知ったからといって、 急にこれはないだろう。

  これまで宮廷の貴婦人達と散々浮名を流してきたこの自分が何て不様な………

  しかし、 そう自分に叱咤しながらも、 心のどこかで今も少年のことを考えている自分に気づく。

  あの自分に向けられた嬉しそうな笑顔が眩しかった。

  無邪気に見つめられて、 その滑らかな頬に手を伸ばしたくなる衝動にかられた。

  何を血迷って、 と思う。

  男になど、 それも少年に心を動かされることなどこれまで一度もなかったというのに。

  またため息をつく。

 「まいったな………」

  こんなことは初めてだった。

  今までに感じたこともない気持ちにデュークはただ途方に暮れるだけだった。











  その頃、 デュークが部屋で悶々と悩んでいる事も知らず、 カディスは落ち込むニコルを懸命に

慰めていた。

 「ニコル様、 ですから大丈夫でございますよ。 デューク様はお怒りになったわけでは……」

 「でも、 あんなに急いで出ていってしまわれたもの。 トートが侯爵様の綺麗なお洋服汚しちゃったから、

………今ごろ侯爵様、 絶対僕のこと呆れてらっしゃいます」

  しょんぼりとテラスの椅子に座ったまま、 ニコルは涙をにじませた顔をカディスに向けた。

 「どうしよう…………侯爵様に嫌われちゃったら僕どうしよう………」

  想像するだけで悲しくなる。

  もう顔も見たくないって言われたら……お屋敷を出て行けって言われたらどうしよう………

  頭の中をぐるぐると悪い考えがまわり出す。

  考えれば考えるほど悲しくなっている。

 「僕、 侯爵様の奥様に向いてないのかなあ………」

  だって全然お役に立ってないし、 まだお顔もあまり合わせてない。

  お話だって、 今日やっと少し出来たくらいで………それも、 こんなことになってしまった。

  あんな高価そうな洋服を汚してしまうなんて……

 「侯爵様、 僕のことお嫌いになったかも………」

 「そんなことございませんっ デューク様はニコル様のことを嫌ってなど…!」

  少なくとも今はそうではない。

  昨日まではと言われると返答に困るが………

  今朝からのデュークの様子を見ても、 彼がニコルに対しての認識を改めたことは間違いなかった。

 「デューク様はとても身だしなみに気を遣われる方でございまして、 ですから汚れた洋服を着ている

のが我慢ならなかったのでしょう。 すぐに着替えて戻ってらっしゃいますよ」

 「じゃあ、 やっぱり僕が汚してしまったの怒ってらっしゃるんだ!」

 「あああっ そうではございません、 ですから………」

 「そんなにおしゃれな侯爵様のお洋服を汚してしまうなんて………僕やっぱり奥様失格なんだ」

 「ニコル様、 そのようなことは……っ」

  目に涙を一杯浮かべて自分を見つめる少年に、 カディスはどう宥めればいいのか途方に暮れる。

 「………………僕、 馬のお世話をしてきます」

  零れそうになった涙を手のひらで拭うと、 ニコルは小さな声で言った。

  せめて今は何か自分に出来ることを、 と思う。

  黒馬のダナンは今では自分しかその体に触れさせてくれない。

  馬の世話しか出来ないなんて………

  ニコルは自分が情けなくてしょうがなかった。

  デュークの役に立ちたいのに失敗してしまう自分が歯がゆい。

 「ニ、 ニコル様………」

  悄然と部屋を出て行くニコルに、 カディスは何と言えばいいのかわからず、 ただおろおろとする

ばかりだった。