Dear my dearest

 

22

 

 

 

    扉の向こうからデュークが待ち望んでいた姿が現れた。

  そちらに目をやったデュークは思わず息を呑んだ。

  朝の光の中のニコルは昨夜よりずっと美しかったのだ。

  慌てて起きてきたのだろう。

  子犬を胸に抱えた少年はまだ膝までの薄い寝着一枚、 おまけに足元は裸足だった。

  くしゃくしゃになった髪が上気した頬にかかり、 何とも言えず愛らしい。

  とっさに声が出ず、 デュークはただニコルに見惚れていた。

 「おはようございます!」

  そんなデュークの姿にニコルが気付き、 目を輝かせて挨拶をしてきた。

 「あ、 ああ…………おはよう……」

 「よかったっ 今日はまだお出かけじゃなかったんですね」

  自分に見惚れているデュークの様子に気付いた風もなく、 ニコルはにこにこと嬉しそうにそばに

駆け寄ってきた。

 「あっ カディスさんも、 おはようございますっ」

 「おはようございます、 ニコル様。 よくお休みになれましたか?」

  元気良く挨拶するニコルに執事はにっこりと返事する。

 「はいっ! あ………侯爵様、 ありがとうございますっ」

 「え?」

  突然お礼を言われたデュークは何のことだかわからず、 面食らう。

 「僕が雷を怖がっていたから、 ご自分の部屋に連れて行ってくださったんでしょう? 朝起きて、

とっても嬉しかったです。 侯爵様が助けてくださったなんて」

 「たす………部屋に? 私が?」

  違う、 ニコルが自分から部屋に飛びこんできたのではないか。

  飛びこんできて自分にしがみついて………離れなかったのだ。

  しかし頬を染めて嬉しそうに自分を見つめるニコルに、 デュークは何も言えなかった。

  代わりに出た言葉は、

 「…………いや、 放っておけなくて……ね」

  隣でゴホンッと咳払いが聞こえた。

  ちらりと見ると、 カディスがあらぬ方を見てひげを弄っていた。

  きまり悪くなったデュークが睨んでも素知らぬ顔で、 反対にデュークに尋ねてきた。

 「デューク様、 もうお時間では? お出かけになられるのでしょう?」

 「え、 もうお出かけになっちゃうんですか?」

  カディスの言葉にニコルが残念そうな声を出した。

 「あ……いや、 そう、 だな………」

  余計なことを、 とまた執事を睨むが、 彼の方もまた素知らぬ顔をするだけだった。

 「せっかくやっと朝お会いできたのに………」

  ニコルはしょんぼりと下を向いてしまった。

 「あ…………そうだ、 カディス、 今日は別にたいした用でもないし、 久しぶりにゆっくりと休もうかと

思うんだが…」

  その言葉にニコルがぱっと顔を上げた。

  カディスが喉の奥で妙な声を出す。

  が、 次の瞬間には何事もなかったかのようににこやかに口を開いた。

 「そうでございますか? 今日はどうしてもお会いしなければならないご婦人がいると昨夜おっしゃ

られたような記憶がございますが」

 「………今思えば別にたいした用じゃあない」

 「では相手の方にはそのようにお伝えすればようございますか」

 「カディスッ」

  あくまでもにこやかに主人を窮地に追いやる執事をデュークはぎっと睨みつけた。

  側ではニコルが心配そうに二人を見ていた。

 「侯爵様、 大切なご用があるんですか?」

 「いやっ! 何でもないっ 明日でも明後日でも大丈夫だ………いや、 いつでもいいんだ」

 「でもどこかのご婦人とお約束されてるって………お約束は守らなきゃいけないんでしょう?」

 「約束……と言えばそうだが、 いや、 違うっ 約束などではなくて………っ」

  明日必ずと言って別れた女性の顔を思い出そうとするが、 ぼんやりとした面影しか浮かんでこない。

  主人の不在の間に若い男性と楽しもうとデュークの誘いにすぐに乗ってきた女性だった。

  彼女の豊満な肉体に心惹かれていたはずなのに、 今考えるとそんなに食指を動かされるものでも

なかったような気がする。

  それよりも今はこの目の前にいる少年に心惹かれるものを感じる。

 「とにかく、 別にそれは急ぐほどのものじゃあないんだ。 また、 機会がある時にでも行けばいい」

 「じゃあ本当に今日は一日お家にいらっしゃるんですねっ?!」

  デュークの言葉が嘘ではないとわかったニコルは満面に明るい笑顔を浮かべた。

  その笑顔にデュークはまた目を奪われたのだった。