Dear my dearest
21
朝、
ニコルは窓から差しこむ明るい光に目を覚ました。 「……………………あれ?」 起きあがり、 自分の部屋ではないことに気付き首をかしげた。 ベッドの足元ではトートが仰向けになってお腹を出したまま、 まだ眠っている。 「ここは………そうだ、 侯爵様のお部屋だ。 どうしてここに………」 毎日掃除している侯爵の部屋だとすぐにわかったが、 しかしどうして自分がここで眠っていたのか、 いつのまにこの部屋に来たのか、 それがわからない。 「昨日ちゃんと自分の部屋で寝たよね。 それから………あっ!」 ひどい雷雨にベッドの上で子犬のトートと二人、 怯えていたことを思い出す。 「もしかして……侯爵様が助けてくれた?」 すでに起きたのか、 ベッドには侯爵の姿はない。 しかし隣に確かに誰かが眠った跡がある。 ふっと自分を抱きしめていた温かい腕を思い出した。 そして自分を覗き込む侯爵の顔を。 「侯爵様が心配してこの部屋に連れてきてくれたんだ。 僕が怖くないように」 そう思ったニコルは嬉しくてたまらなくなった。 すぐにでも彼に会いたくなり、 ぱっとベッドから飛び降りた。 まだ食堂にいらっしゃるかもしれないっ きゃんきゃんきゃんっ! その動きにトートが目を覚まし、 自分も連れていけと吼える。 ニコルは子犬を腕に抱えると、 そのまま部屋を飛び出した。
カディスはデュークの前の空のカップにコーヒーを注ぎながら、 そわそわと落ち着かない様子を 見せる主人に声をかけた。 「あ、 ああ………」 「お珍しいことで。 普段ならとっくに外出されているお時間ですのに………ご婦人方がお待ち なのでは?」 「ああ………いや、 まだ早い……だろう。 もう少し………」 そう言いながらも、 目はちらちらと扉に向けられている。 カディスはすました顔をを作るのに必死だった。 主人が何を気にしているのかは明らかだった。 ニコルが起きてくるのを待っているのだろう。 昨夜のデュークを様子を見れば、 彼がニコルへの認識を改めたのは間違いなかった。 まったく………あれほど嫌がっておられたのに。 あまりの変わりようについ苦笑を禁じえない。 「………何がおかしい」 そのかすかな笑みを見咎め、 デュークが決まり悪そうな顔をした。 長年自分に仕えてきた執事には全て見通されているということがわかっているのだろう。 「あーー………その、 ……あれはもう起きたかな」 「あれ、 と申されますと?」 「……あれはあれだ………昨日の……」 わかっていてわざと尋ねてくる執事が小憎らしい。 睨みつける主人にカディスはすまして答えた。 「ニコル様でございましたら、 もうしばらくすれば起きてこられると思いますが………昨夜は あのようなことがございましたので少々朝をお過ごしになられても仕方ございません」 「そ、そうか」 まだしばらく起きてこないだろうというカディスの言葉に大様に頷いて見せる。 しかし心の中で落胆している事は間違いなかった。 「あれは………その、 朝はまずどこに顔を出すのかな。 この食堂で朝食が先か? それとも……」 「まず朝食を召し上がられることもございますし、 厩舎で馬達にご挨拶されることもございます。 子犬の散歩に庭においでになることも」 「………ここが一番ではないのか」 必ずここに最初に姿をあらわすと思っていたデュークは、 当てが外れてまた落胆した。 カディスはもう笑いをこらえるのに必死だった。 あのいつもお洒落に貴婦人達と戯れている主人が、 一人の子供の行動を気にしているのだ。 到底プレイボーイで鳴らした主人の姿とは思えなかった。 とその時、 扉がバタンと勢いよく開かれた。
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