Dear my dearest

 

20

 

 

 

    …………これは誰だ?

  デュークは自分の見ているものが信じられなかった。

  自分の知っている少年はいつも汚れて薄汚い、 騒々しいただの子供だったはずだ。

  なのに………

  今自分の胸の中で安心したように寝入ってしまった少年は、 今まで見たこともないほどに

美しかった。

  笑いかける顔がまるで天使のようだった。

  乱れた栗色の髪が細い顔を縁取り、 涙に潤んだ瞳がきらきらと輝いて………

  上品に整った顔立ちは、 まだ大人になる途中の男とも女ともつかぬ中性的な雰囲気を

漂わせていた。

 「…………カディス、 これは……誰だ?」

  心の中に渦巻く疑問が口をつく。

 「誰と言われましても………ニコル様の他に誰だと言えばよろしいので?」

  呆然と固まったまま少年を見下ろす主人に、 カディスは苦笑を禁じえない。

  無理もない、と思った。

  デュークの知っている少年はただの子供だったはずだ。

  ニコルの素顔を知らずにいた彼が少年の美貌に驚くのも無理はない。

 「馬鹿な……っ あれは……ニコルはいつも汚れた貧相な子供のはずだぞっ それがこんな……!」

 「だから申し上げたでございましょう。 ニコル様はとてもお可愛いらしいと」

 「か、 可愛いといってもあんな姿を見て誰が信じるっ? こんな……これほどの容姿を……」

  ショックを隠せず、 うろたえた口調でデュークがしどろもどろつぶやく。

  その目はニコルに釘付けだった。

 「これが…………あのニコル……」

  デュークの狼狽ぶりにカディスは何故か心のどこかがほっとするのを感じた。

  どうやら主人は初めて知った自分の花嫁の素顔に心を奪われている様子だ。

  この様子では………

 「いつまでもニコル様がこちらにおいででは邪魔でございましょう? 自室にお連れいたしましょうか?」

 「……っ いや!」

  ニコルを抱き上げようとしたカディスを、 とっさにデュークは制止していた。

 その間も目がニコルから離れることはない。

 「デューク様?」

 「あ………いや、 動かして目を覚ますようなことがあったら可哀想だ」

  その言葉にカディスはひょいと片方の眉を上げた。

  よもや主人の口からニコルを気遣う言葉が出るとは

  あまりの変わりようにおかしくなる。

 「では、 どうなされるおつもりで? まさかデューク様とご一緒にこちらでお休みになるわけには

まいりませんでしょう。 デューク様もずっと疎んじておられたニコル様と同じ部屋に休まれるのは

嫌でございましょう?」

  わざと 『疎んじる』 という言葉を強調して言う。

  それにデュークも気付き、 きまりの悪そうな表情をした。

  しかしニコルの背に置いた手を外そうとはしなかった。

 「……………………………………………………………………嫌ではないぞ」

  しばしの躊躇のあと、 ぼそりと小さくつぶやく。

  カディスは吹き出しそうになるのを抑えるのに必死だった。

 「……では、 今夜はこのままで。 ニコル様もよくお休みのようでございますし」

 「ああ」

  何とかすました顔でそう言ったカディスに、 デュークが大きく頷いた。

 「あ…………と、 これはいかがいたしましょう」

  そのまま出て行こうとしたカディスは自分が抱えているものに気付き、 主人の方を振り返った。

 「これ?」

  またニコルの顔に見入っていたデュークが慌てて顔を上げる。

 「………デューク様、 一言申し上げておきますが、 ニコル様のお許しもなく手を出すのは感心

いたしません。 いくらご夫婦とはいえ、 ニコル様のお気持ちも聞いてからでないと」

 「! 邪推するなっ ただ見ていただけだっ」

 「う………ん…」

  思わず出したデュークの大声に、 眠ったニコルがかすかに身じろぎする。

  はっと咄嗟に口をつぐんだ二人は、 起こしてしまったかとニコルの顔を見つめる。

  しかし、 ニコルはまたデュークの胸に顔をすりつけるとすやすやと深い眠りに戻っていった。

  その様子に、 大人二人はほうっと息を吐く。

 「…………とにかく、 お前も変な邪推はするな。 ただ一緒に寝るだけだ」

 「はいはい、 そうでございましょうとも。 …………それでこの犬はいかがいたしますか?」

  カディスは腕に抱えていた子犬をデュークに差し出した。

 「犬?」

  鼻先に突き出された子犬にデュークは眉をひそめた。

 「ニコル様の子犬でございます。 朝、 お目覚めになったとき側にいないと心配なさるかと」

 「…………足元にでも置いてくれ」

  はあっとため息をついてデュークはベッドの端を指差した。

  カディスはにっこりと笑って眠る子犬をそっとベッドの上に降ろした。

  子犬も散々鳴いて疲れたのか、 ベッドに降ろされても寝入ったままぴくりともしなかった。

 「では私はこれで………」

 「ああ」

  扉を閉じる瞬間、 カディスはちらりとベッドの方に視線を向けた。

  ベッドの上ではデュークが飽きもせずにニコルの寝顔をじっと見つめ続けていた。