Dear my dearest
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「うわあ……大きい……」 ニコルは目の前にそびえる豪奢な建物を目を丸くして眺めた。 今日から自分はここに住むことになるのだ。 未だに実感は湧かないが。 しかも…… 「いいのかなあ、 こんな格好で……綺麗なお屋敷汚れちゃう」 自分の格好を見下ろしてニコルは嘆息した。 しかしいつまでもこんな所でぼうっと立っているわけにはいかない。 中では自分の夫となる人が待っているのだ。 「あの……も、申し訳ありません。 そのお姿……なんとお詫びしていいか……」 後ろで恐縮したように平身平頭謝る御者に、 ニコルはひらひらと手を振って見せた。 「気にしないでください。 僕が勝手にやったことだから」 お母様の用意してくださった洋服は汚れちゃったけど…… 心の中でそうつぶやくが、 後悔はしていない。 困っている彼を放っておけなかったのだから。 よし、 と一度大きく深呼吸すると、 ニコルは御者に笑って告げた。 「えっと……侯爵様に伝えていただけますか。 ニコルがただいま参りました、と」
この62年の人生でこれほど驚いたのは初めてのような気がする。 背筋をだらだらと汗が流れるのがわかる。 「ニ、 ニコル……様で、ございますか」 目の前にちんまりと立つ人物に、 それでも何とか平静な声で尋ねることが出来た自分を 誉めてやりたい気分だった。 「はい。 今日からお世話になります」 そう言ってペこりと頭を下げたのは、 どう見ても14、5の少年だった。 話が違う! 心の中で思わずそう叫ぶ。 この話を仕組んだマイラの威を借りた高慢な令嬢はどうしたのだ。 ここにいるのはそんな裏工作とはまるで縁のなさそうな無邪気そうな少年ではないか。 何かの間違いではないかと叫びたくなる。 「あの、 侯爵様はどちらに? 僕、 ご挨拶しなきゃ……」 「も、申し訳ございません。 こ、侯爵はただいま火急のご用件で外出に……」 汗をかきつつも何とか取り繕うが、 実際は火急の用などではない。 意に染まぬ花嫁など出迎える必要もなしと、 さっさと朝から遊びに行ってしまったのだ。 急いで主を呼び戻さなければ…… カディスはそう思い、 側に控える下男に指で指図しつつ目の前の少年にもう一度目をやる。 少年の姿に眉をひそめそうになるのをなんとか我慢する。 花嫁としてこの家にやってきたにしてはなんという格好だろう。 一応礼装なのだろう服は、 何故か泥に塗れていた。 少年の頬や髪の毛、 鼻の頭にまで泥は飛び散っている。 「あの……失礼ではございますが、 ニコル様? そのお姿は……」 「ごめんなさい。 失礼とは思ったんですけど……途中で馬車が水溜りにはまってしまって…… 御者の人が一人で困ってらしたから僕、お手伝いを……」 「て、手伝い……ですか。 馬車が水溜りに……」 申し訳なさそうに話す少年の言葉に、 カディスは眩暈を起こしそうになる。 御者の手伝い! 侯爵家の花嫁(?)になる人間が! 「でも馬車はどこも壊れてませんから、 大丈夫です」 「さ、さようでございますか……」 にっこりと笑って告げる少年に、 カディスはもはやそれ以上何も言うことができなかった。 ひたすら主の早い帰りを願うだけだった。
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