Dear my dearest

   

 

 

 

   「やられたな」

  デューク ・ クレオールは苦虫をつぶしたような顔をした。

  手にした父からの手紙には思いもかけないことが書いてあったのだ。

 「どうせマイラ殿が父をそそのかしたのだろう。 あの女狐………いつの間に……」

  びりびりに破いてしまいたい衝動にかられる。

  しかしそうもできなかった。

  その手紙には父からだけでなく、 国王からの認状も入っていたのだ。

  至急同封の書類にサインをして送り返せと、 父からの手紙には指示してあった。

 「デュークさま?」

  側に控えていた執事のカディスが何事かと問いかけてくる。

 「父がこの私に結婚しろと言ってきた。 ご丁寧に相手まで決めて、 国王からの結婚を認める認状まで

添えてある」

 「それは…………お断りできませんな」

 「ああ……大方マイラ殿の仕組んだことだろうが。 相手はあの女の遠戚らしい……べレー家の

ニコルという名前の令嬢だ」

 「ベレー………聞いたことがあります。 確か伯爵では?」

 「そうだが名ばかりの家だ。 古くからの名家だが今は何の力も持たない落ちぶれ貴族の代表だな」

 「そんな家の………」

  さすがにカディスも絶句する。

  このクレオール家は侯爵の称号を持つ大貴族の一つである。

  カリナクル国の中枢を担う重臣の一つであり、 その力も多大なものがある。

  つい先日、 高齢から体が弱り療養のために領地に退いた先代クレオール侯爵から24歳の一人息子

デュークに家督が譲られたばかりではあるが、 その息子のデュークもキレ者と世間の評価は高かった。

 「さて、 どうしたものかな」

  デュークはひらひらと手紙を玩びながら思案気につぶやく。

  国王からの命令では従わないわけにはいかない。

  いずれ結婚も、 と考えてはいる。

  しかし相手が悪い。

  まだ20代後半のマイラが父の後妻に収まったのは2年前のことだ。

  その時から彼女は父の目を盗んではデュークに色目を使ってきていた。

  年老いた男よりもまだ若く見目麗しいデュークの方がよほど魅力的なのは当たり前のことだ。

  しかし彼女がクレオールの名と権力に惹かれて父の心をたぶらかし、 まんまと妻の座に収まったと

知っているデュークは決して彼女の誘いに乗ろうとはしなかった。

  マイラは飛びぬけて美しい容貌と肢体を持っている。

  が、 プレイボーイとして鳴らしているデュークにとって、 マイラ程度の美貌などなんの魅力もなかったのだ。

  素っ気なく自分をあしらうデュークにマイラはプライドを傷つけられたのだろう。

  しかも父との間には子供が生まれる気配もなく、 生まれたとしてもデュークがいる以上家督がその子供に

譲られる可能性はない。

  せめても、 と考えたのが今回の結婚話なのだろう。

  名ばかりの何の力も財産もない名家の娘を添わせる。

  もしかしたらその娘には彼女の息がかかっているのかもしれない。

  娘を使ってデュークを、 侯爵家を操ろうとバカな考えを持っているのかも知れない。

 「まったく、 厄介なことだな」

 「しかしデュークさま、 国王さまからの認状まであっては……」

 「ああ、 仕方ない。 その令嬢を妻にしないわけにはいかないだろう………癪に障るがな」

  ため息をついて椅子の背もたれに寄りかかる。

 「………カディス、 準備をしてくれ。 おそらく父から国王にこの結婚証明書が届きしだい令嬢を迎えに

行かなければならないだろうからな」

 「承知いたしました」

  カディスもさすがに気が重い様子だった。

  どんな相手かも知れない、 ましてや義母の息のかかった娘をこの家の奥方に迎えなければならないのだ。

 「どんな女やら………」

  デュークは苦々しくつぶやいた。

  たとえ妻に迎えたとしても、 その娘を愛すことなどできないだろう。

  勝手に決められた、 しかもマイラの遠戚のものなど………

 「その娘には悪いが、 名ばかりの妻となってもらうしかないな」

  それでもこのクレオール家の侯爵夫人となれるのだ。

  文句はないだろう。

  そう一人ごちると、 デュークは後はもう知らぬとばかりに外出の準備を始めた。

  なじみの伯爵夫人の所に、 この憂鬱な気分を一新させるために。