Dear my dearest






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 開かれた扉の向こうに立っていたニコルの姿を見たカディスは、やはり、と今更ながらに申し訳ない気持ちになった。

 目の前のニコルは衣服も髪もぐしゃぐしゃで、見るからに慌てて身に付けたとわかる姿だ。たった今まで何をしていたかなど、

一目瞭然だ。・・・・・・いや、それはここに来る前からわかっていたことだが。

 カディスはちらりと部屋の奥にも目を向けた。そこにいる彼の主人はおそらく・・・いや絶対に不機嫌であろう。そう思いながら、

部屋の中央にある大きなベッドに目を向けたのだが、しかしそこにいた主人はカディスの予想とはなんだか違う様子だった。

「?」

 こちらを向いているその顔はどう見ても、自分の突然の闖入に気を害している、という風には見えないのだ。どこかぼんやりと空を

見つめているその様子は常の彼とは違っていて、カディスは首を傾げた。

 ・・・・・・もしや、もう事を終わられた後・・・とか?

 と思ったが、透かしすぐに首を振る。 そんなはずはない。いくら慣れている主人であっても、こんな短時間では・・・、と

少々下品なことを考えてしまう。

 それでは一体・・・・・・。

 首を傾げたカディスだったが、しかし今はそんなのんびりと出歯亀的なことを考えている場合ではない。

「あの・・・お取り込みのところを誠に申し訳ありませんが・・・・・・」

 言いながら、手が無意識にニコルの服装を整えてしまうのは、執事としての性だろうか。 せっせと手を動かしながら

ニコルの全身をチェックする。  

 ・・・・・・・うむ、ニコル様のご様子に変わったところはない・・・・・・と思うが。

 少々顔が赤いのは、まあコトの最中だったからだろうか。 そう考え、さらに主人に対して申し訳なくなる。 デュークにとって

悲願の瞬間だっただろうに、それを図らずも邪魔してしまうことになった自分が本当に情けない。 が、こればかりはどうにもできない。

 訪問してきたのがあの方でなければ・・・・・。

「デューク様、先程大旦那様がご到着されました。 今、居間の方でお待ちいただいております」

 カディスの言葉に一番に反応したのは、すぐそばにいたニコルだった。 聞き慣れない言葉に目をぱちくりとさせ、首を傾げる。

「大旦那様?」

  誰のことだろう。 と、思ったニコルに気付いたのか、カディスは言葉を続けた。

「前クレオール侯爵様です。デューク様のお父上のことですよ」

「お父上様?」

 ニコルの目が大きく見開かれた。 みるみる頬が紅潮していく。

 デュークの父、ということは、妻である自分にとっては義理の父になるではないかっ

「大変っ 僕、ご挨拶に行かなきゃっ」

 こんなことをしている場合ではない。

 ニコルは慌てて手櫛で髪を整えると、部屋から飛び出し、パタパタと走り去ってしまった。

「あ、ニコル様・・・・・・」

 カディスが慌てて引きとめようとするが、しかし間に合わない。 すでに足音は遠くなっている。

 ・・・・・・さすが、ニコル様。 お若い・・・・・・・・・。

 妙な所に感心しながら、ニコルを追うことを諦めたカディスは、未だベッドの上にいる主に目を向けた。

 デュークはまだ呆然としたままだ。 果たしてニコルが部屋から出て行ったことにも気づいているのか。 いや、それどころか

自分の報せをちゃんと聞いていたのかどうかも怪しい。 

 全く、一体何があったというのか。

 カディスは溜息をつきながら、主の元に近寄って行った。

「デューク様」

 近くで声をかけるが、しかし反応はない。

「デューク様」

 もう一度、今度は先程よりも大きな声で呼ぶ。 ・・・・・・が、またしても反応はない。

 カディスはコホン、と一つ咳払いすると、デュークの耳元に顔を近づけ、さらに大きな声で叫んだ。

「デューク様っ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

 やっとデュークから反応が返ってきた。 が、それはあまりにも情けないものだった。

 まだ呆けた顔で執事の顔をぼんやりと見上げるその様子は、国の中枢を担う切れ者の面影はない。

 ・・・・・・全くなんという・・・・・・」

 カディスは溜息をつくと、呆けたデュークの頭でもわかるようにゆっくりはっきり言った。

「大旦那様が、おいでです。 居間の方にて、お待ちいただいております」

「・・・・・・大旦那?」

 カディスの言葉にデュークが鸚鵡返しに聞く。 その顔にはまだ執事の報せを理解した様子はない。 カディスは首を振ると

さらにはっきりと大きな声で言った。

「お父上がいらっしゃっております。 至急居間にお越しくださいっ」




「・・・・・・・・・・・・父上が?」

 しばらくの間の後、ようやくデュークから答えらしい答えが返ってきた。 見ると、その顔にもやっと正気の色が見えた。
 
 カディスはほっと息をつくと、大きく頷いた。

「はい、先程おいでになられました。 居間にてデューク様をお待ちです。すでにニコル様はもうそちらにいらっしゃいました」

「ニコルが?」

 ハッとしたようにデュークが周りをキョロキョロと見回す。 が、探す姿はどこにもない。 執事の言うとおり、すでに部屋から出て

行ったらしい。 それも自分の父を出迎えるために。 

「・・・・・・・・・父?」

 父とは何だ? 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しばらく考え、やっとカディスの言葉が頭の中に入ってくる。

 そのの顔がさっと変わったかと思うと、デュークはベッドから勢いよく飛び出した。

「父上がいらっしゃっているのかっ!」

「ですから、先程から何度もそう申し上げております」

 今更ながらに慌て出すデュークを呆れた目で見ながら、カディスはため息交じりに答えたのだった。