Dear my dearest

 

12

 

 

 

   「で、 あれは一体何だったんだ」

  部屋に戻ったデュークは不機嫌な顔のままカディスに尋ねた。

 「朝から騒々しい声に起こされ、 下りてみるとまた泥だらけの格好のあれだ」

 「申し訳ございません」

 「そんな言葉が聞きたいんじゃない。 一体あれは何をやらかしたんだ……馬の世話とか言っていたが」

  カディスの詫びる声をいらだたしげにさえぎる。

 「それが…………私も知らない間にお目覚めになっていたニコル様が厩舎の方に行かれたようで、

馬の世話の手伝いをすると馬番に申され止める間もなく・・・・・・私も困り果てた彼がやって来てようやく

そのことに気付いたくらいで………」

 「私の花嫁は馬番見習がしたいというわけか」

  カディスの話にデュークはうんざりと首を振った。

 「本当にあれは仮にも伯爵家の子息か? いくら零落したとはいえほどがあるぞ」

 「もともとあのベレー家は貴族の中でも変わってると噂になっておりまして………ほとんど召使いも

置かず、 暮らしぶりも平民とさほど変わらぬものだとか…」 

 「その変わり者の家の子息が私の、 この侯爵家の花嫁とは………つくづくあのマイラの嫌がらせの

度がわかるな」

 「しかしニコル様は気立てはとてもよろしいようで………ご容姿のほうも……」

 「容姿? あの薄汚い格好をお前も見ただろう。 髪も顔も服も泥に汚れてボサボサ、 それもその服は

そこらの町の子供が来ているような質素な……」

 「あまり裕福ではないとうかがっておりますゆえ、 仕方がないかと」

 「私は花嫁の仕度のためにと準備金としてかなりの額を託けた。 あれはどうしたというのだ」

 「さあ………私に言われましても………」

 「まあいい。 カディス、 あれに適当なものを用意しろ。 いくらつかの間とはいえ、 あんな格好の

者がこの侯爵家の花嫁として邸の中をうろつくのは我慢できない」

 「はい………」

 「私に恥をかかせるようなことはないようにしっかりと見張っていてくれ」

 「私が、 でございますか」

  最後の言葉にはさすがにそんな、と抗議の声が上がる。

 「カディス」

  しかしデュークの憂鬱な声を聞き、 仕方ないと引き下がった。

 「すまない………なるべく早く結婚承認を撤回していただくようにするから」

 「わかっております」

  さすがに罪悪感を感じたデュークが顔を和らげてそう最後に言葉を足す。

 「なるべく早く撤回していただけるよう祈っております」

  ため息をつきながら、 クレオール家の忠実な執事は話を締めくくった。











 「いってらっしゃいませっ!」

  元気よく見送る声がロビーに響く。

 「ああ………」

  その声にデュークは言葉少なに答えながら外へと出て行く。

  しかしその目は一度もニコルに向けられることはなかった。

  しばらくしてデュークをのせた馬車が走り出す音がした。

  その音にニコルの目にかすかに寂しげな表情が浮かんだ。

 「さ、 ニコル様もうこちらにおいでください。 侯爵様は多分夜までお戻りにはなられませんよ」

  果たして夜に戻ってくるかも疑問だが。

  そう思いながらカディスはニコルを居間へと誘った。

 「はい……」

  名残惜しそうに扉を見つめていたニコルが執事の声にくるりと振り向く。

 「侯爵様のお言い付けでニコル様のお衣装を用意するようにと。 こちらに仕立ての者などを呼んで 

おりますのでお好きなものを………」

 「衣装って………僕のお洋服ですか?」

  突然のことにニコルは驚いた顔をカディスに向けた。

 「あの、 でも僕………」

 「侯爵家のものとしてふさわしいものをご用意するようにと侯爵様に仰せつかりました」

  その言葉に思わずニコルは自分の格好を見下ろした。

  確かにこの素晴らしく豪奢な屋敷に対してあまりにもみすぼらしい。

 「あ………僕、 顔洗って、 綺麗にしてきます!」

  汚れたままの自分が急に恥ずかしくなり、 ニコルは慌てて身支度を整えるために自分の

部屋へと階段を駆け上がっていった。