Dear my dearest

 

11

 

 

 

    邸の中に戻った二人を待っていたのは不機嫌そうに食卓につくデュークの姿だった。

  寝起きのまま、 寝巻の上にガウンを羽織っただけの姿でまだ眠そうにコーヒーを啜っていた。

 「おはようございます。 もう起きてらしたのですか。 デューク様」

  常より早い主人の起床にカディスが驚いたように挨拶をする。

 「なにやら騒々しくて寝ていられなかった」

 「それは………申し訳ございません」

  厩舎での一件がデュークの耳にまで届いていたと知り、 カディスは申し訳なさそうに詫びた。

 「一体何があったんだ? 厩舎の方のようだが………」

 「おはようございますっ!」

  問いかけたデュークの言葉をさえぎるように元気のいい声が部屋に響き渡った。

  カディスの姿にさえぎられるように立っていたニコルが、 デュークの姿を認めて挨拶をしたのだ。

 「……………………………………おはよう」

  その声にやっとデュークがニコルの存在に気付く。

  しかしその姿を見て、 不機嫌そうな表情はますます険しくなった。

  たった今まで馬と戯れていたニコルはお世辞にも綺麗とは言えなかった。

  髪の毛は藁にまみれてボサボサ、 顔は散々ダナンに舐められ泥などでメチャクチャ、 服も藁と

埃でドロドロだった。

 「……その格好はどうした」

 「あ、 僕今まで馬の世話をしていたんです」

 「馬の世話?」

  どういうことだという表情でデュークはカディスを見た。

  しかしカディスも困ったように首を振るだけで何も言わない。

 「このお家っていっぱい馬がいるんですね。 僕とっても嬉しくって……」

 「悪いが」

  やっとデュークに会えた喜びと興奮で嬉しそうに話し出すニコルをデュークが片手を上げてさえぎる。

 「悪いが、 私はすぐに出かけなければならない。 話は後にしてくれ………カディス」

 「はい」

 「部屋に来てくれ」

  カップを置いて立ちあがり、 むっつりとした顔で執事を部屋へと促がす。

 「あの………侯爵…様?」

  そのまま食堂を出て行こうとするデュークにニコルが声をかける。

  なんだとうっとおしそうに振り返る様子に、 さすがのニコルも彼の機嫌がよくないことに気付く。

  しかしこれだけは、と言葉を続ける。

 「昨日ちゃんとご挨拶できなかったから………これからよろしくお願いします。 ぼく、 ちゃんと侯爵様の

奥様としてがんばりますからっ」

 「…………………………………………………………………………ああ」

  そんな泥だらけの格好で何を頑張るのだ

  思わずそう皮肉を言いそうになりながら、 デュークはやっとのことで一言つぶやく。

  やはりどう見てもただの薄汚い子供だ。

  どうしてこんな少年を………

  昨日から散々繰り返された愚痴がまた出そうになる。

  朝から思いっきり不機嫌になりながらデュークはその場を後にした。

  カディスはその後に続いて姿を消した。











 「行っちゃった………」

  一人残されたニコルは広い食堂にポツンと立ちながら、 二人が消えた扉を眺めていた。

  お仕事、 本当に忙しいんだなあ………

  知らずため息が出る。

  今日こそはもっとちゃんとお話が出来ると思っていた。

  もっとゆっくりとお話をして、 彼のことも聞きたかった。

  一緒にお食事もしたかったのに………

  テーブルに残された空のカップに目をやる。

  ふいに実家が懐かしくなる。

  つい昨日別れたばかりなのに、 もう家族が懐かしかった。

  あの賑やかな家族の中で笑いながら食卓を囲みたい。

  兄とパンを取り合いながら、 妹にミルクを注いでやりながら食事がしたい。

  母や父の笑顔が見たい………

 「ダメダメ、 こんなこと考えてちゃ」

  ふいにこみ上げてきた感情をプルプルと頭を振って振り払う。

 「お母様が言ってたもの。 侯爵様はとっても偉いから毎日お忙しいだろうって。 ちゃんと心をこめて

お仕えしなさいって」

  そうだ、 寂しがってちゃだめだ。

  僕はこの家に嫁いできたんだから、 侯爵様の奥様なんだから。

 「あの………ニコル様、 お食事は」

  いつのまにか自分の側に来ていたオリー、 侯爵夫人の側仕え役だという、 が朝食を勧める。

 「はいっ いただきます」

  ニコルはオリーににっこりと笑いながら大きく頷いた。