Dear my dearest






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「だ、旦那様・・・っ!?」

 カディスはホールに立つ人物を信じられない目で見た。

 それは、今はこの都から遠く離れた領地にいるはずの人物だった。

 なのにどうして今ここに・・・・・・。

「久しぶりだな、カディス。元気そうでなによりだ」

 カディスの驚いた声を聞いて、付き従う召使いにコートを渡していた男性が顔を上げ、にやりと笑った。

 が、カディスの方はそれどころではない。 いつもの執事然とした態度もわすれ、呆然と目の前の男性を見つめた。

「どうした。私の顔を忘れたのか? 挨拶もないとはな」

「し、失礼いたしました・・・!」

 男性の言葉に、やっと我に返り、慌てて深く頭を下げる。

「よ、ようこそ・・・いえ、よくお戻りになられました。 旦那様」

 そして、頭を上げると、もう一度信じられない目で男性を見る。

「しかしご病気と伺っておりましたが・・・・・・」

 ベッドから離れることも出来ないほどの病だと聞いていた。 都から遠く離れた場所では簡単に見舞いにいくこともできず、

その身を案じていたのだが・・・・・・。

 目の前に立つ男性は、とてもそんな重い病気のようには見えない。それどころかすこぶる元気に見える。

 すると男性はまた悪戯っぽくにやりと笑った。

「私が病気でなくてがっかりしたか? このとおり、ぴんぴんしておるぞ」

「い、いえっ そのような・・・・・・」

「確かにしばらく風邪を引いて寝込んでいたのでな。 一応知らせを出してはみたが、お前達は見舞いどころか手紙の

一つもよこさんではないか。 まったく薄情な息子と執事と持つと、おちおち寝込んでもいられん」

「そ、それは・・・・・・」

 非難の目を向けられ、カディスは顔色を赤くしたり青くしたりと忙しい。 知らぬ間に額から汗まで出ている。

「デュ、デューク様も何かとお忙しく・・・・・・旦那様のことはとても心配されておいででしたが・・・・・・」

「そうだ、デュークだっ あれはどこにいる? さっさと顔を見せんか」

 カディスのしどろもどろの言い訳をさらりと聞き流した男性は、それよりもこの屋敷にやってきたそもそもの目的を

思い出した。

「せっかく父親がはるばる息子の顔を見にやってきたのだぞっ なのにもたもたと何をやっている。 カディス、さっさと

デュークを呼んでこい。 いるのだろう?」

「は、はいっ いらっしゃいます。 いらっしゃいますが・・・・・・」

 慌ててデュークを呼びに行こうとしたカディスだが、しかし、踵を返した途端、はたとその足が止まった。

 今、彼が何の真っ最中なのか、思い出したのだ。

「何をしておる。 さっさと呼んでこぬか」

「はっ はい・・・・・・しかし・・・・・・」

「屋敷にいるのだろう? それともどこかに出かけておるのか?」

「い、いえ、いらっしゃいます。 が・・・・・・だ、旦那様・・・・・・」

「なんだ。 いるのならさっさと呼んでこい。 それとも何か不都合でもあるのか」

「い、いえっ とんでもございませんっ」

 まさか、ニコルと情事の真っ最中だと言うわけにもいかず、カディスはぶるぶると首を振ると、心の中で覚悟を決めた。

「い、今お呼びいたします・・・っ」

 申し訳ありません、デューク様・・・っ!

 デュークに心の中で詫びる。

 今彼らの部屋の中に入るにはとても勇気がいる。 特に念願かなって幸せの真っ只中にいるデュークには・・・。

 しかし仕方がない。 緊急事態なのだ。

 せめてまだ渦中に入っていないことを祈りながら、カディスは彼らの元へと向かった。

 見知らぬ人間に警戒心を抱きながら、くんくんとその周りの匂いを嗅いでいたトートも、カディスがどこへやら行って

しまうのを見て、慌ててその後を追っていった。