Dear my dearest






117












 豪華な装飾を施した立派な馬車がガラガラと通りを走っている。

 その馬車にはそろそろ老年にさしかかろうかという年の男性が一人。何事か物思いにふけりながらじっと目を閉じていた。

 と、馬車が止まった。

 目的の場所に着いたのだ。

「到着いたしました」

 同席していた供の言葉に、男性はゆっくりと目を開いた。

 扉が開かれ、男性は落ち着いた足取りで馬車を降りる。 そして目の前の邸を目を細めて見上げた。


























「美味しいですか?」

 はぐはぐと一心不乱に皿の餌を食べているトートを見下ろしながら、カディスは自分も一休みとお茶を飲んでいた。

「こんなにゆっくりと過ごすのは久しぶりのような気がします」

 ニコルの家出騒動からそれほど時間が経っているわけではない。 ほんの、半日程度のことだ。 しかし、ただニコルの

無事を案じるだけの時間はとても長く感じられた。

「本当にご無事でよかったです。 ニコル様も・・・お前もね」

 カディスの言葉に、トートが、呼んだ?という顔で彼を見上げる。

「何でもありませんよ。 ほら、まだ残っています。 全部食べておしまいなさい」

 皿に残っている餌を指し示すと、トートはまたすぐに食事に夢中になった。

「さて、そろそろ仕事に戻りますか・・・・・・・・・デューク様達の夕食はどういたしましょう。 ニコル様、朝から何も

召し上がっておられないのでは・・・・・・」

 さぞお腹がすいているだろうと思う。 だが、待てよ、と思い直す。

「いえ、伯爵夫人のところで何かご馳走になられたのかもしれませんね。 とすると夕食はまだ・・・・・・いえ、でももし何も

召し上がっていらっしゃらなければ・・・・・・」

 難しい顔で悩む。 カディスにとって、ニコルがお腹を空かせているということは一大事なのだ。 

「・・・・・・ニコル様に伺ったほうが早いですね」

 と思い、しかし、とまた思いとどまる。

 今、彼らのところに行くのはどうにも憚られる。 彼らが今どんな状況にあるか、わかっているからなおさらだった。

「どうしましょう・・・夕食の準備の時間がありますし・・・・・・こんなことなら先に伺っておくべきでした」

 う〜ん、と頭を悩ませる。

 が、すぐに首を振った。

「よしましょう。 私などが気にかけるようなことではありませんね。 デューク様がニコル様が困るようなことをなさるはずが

ありませんし・・・・・・おそらく・・・」

 時折自分の欲望に至極忠実になる主人を知っているだけに、そうと断言できないカディスは、心配そうな目を階上に向けた。

 が、いけないいけないとまた首を振る。

「いけません。いけません。自分の主人を信じなくてどうしますか。そうです。デューク様はああ見えてもとてもお心遣いが

細やかな方ですし・・・それは美しいものには目がない方ですが・・・女性関係にはだらしがないですが・・・・・・下半身に多少

問題がありますが・・・・・・・・しかし・・・・・・」

 言えば言うほど心配が募る。

 今頃ニコルは嫌な事をされてはいないだろうか。もしかして、泣いてなどいないだろうか。デュークに限って無理矢理、と

いうことはないだろうが・・・・・・。

「しかしデューク様も今までになくずっと我慢なさっていたのですから・・・・・・もしかして自制心が効かないということも・・・」

 さあっと青ざめる。 が、また首を振って自分の要らぬ心配を笑い飛ばそうとする。

「だ、大丈夫です。 そうです。 そんなことは・・・・・・」

 言いながら、おろおろと部屋の中を歩き回るカディスを、トートが不思議そうに見上げていた。



 が、そんなカディスの(ある意味出歯亀な)心配も、すぐ後に訪れた新たな問題に空の彼方に吹き飛ばされたのだった。














「だ、誰かいらしたようですね。お客様ですか」

 なおもおろおろと部屋の中を歩き回っていたカディスは、ふとエントランスホールの方からなにやら話し声が聞こえてくる

ことに気づいた。

 はて、今日は来客の予定はなかったはずだが・・・・・・。

 首を傾げながら、それでも執事としての務めと、ホールの方へ客の確認に向かう。

 その後を、ご飯を食べ終わったトートがトコトコとついていく。

 子犬を従え、客の出迎えにいったカディスは、しかしそこにいるはずのない人物を見つけて、驚きの声を上げた。