Dear my dearest
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扉が開く音に驚き振り向いたニコルは、その向こうに現れた姿に目を見張った。 「…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・デューク様…・・・」 ここにいるはずのない姿だった。 どうしてここに、と呟く。 会いたくて、でも会うのが怖かった、その彼がここにいる。 咄嗟に腕の中のトートをぎゅっと抱き締めていた。まるでその存在がニコルを守ってくれるかのように。 「ニコル……」 ニコルの姿を認めたデュークの目が、安堵に柔らかく光った。 「よかった、無事で……ずいぶんと探し………ニコル?」 「あ…・・・……」 側に歩み寄ろうとしたデュークは、しかしニコルの様子がおかしいことに気づき、その歩を止めた。 「ニコル? どうしたんだ?」 小さな体を強張らせ、まるでその腕の中の子犬が命綱のようにぎゅっと抱き締めている。その視線は、じっと下を 向いたまま、いつものようにデュークに向けられてはいなかった。 「ニコル?」 どうしたんだと問いかけようとしたデュークの耳に、かすかに声が届いた。 「…・・・……………・・・…・・・…・・・ごめんなさい……」 「え?」 何を言っているのか。 わからず聞き返したデュークの耳に、もう一度謝罪の言葉が届いた。 「ごめんなさい。僕…・・・…僕…・・・・・・」 「ニコル?」 「ごめんなさい。ごめんなさい。 僕、デューク様に悪いことしました。 デューク様のこと、疑って、信じなくて、勝手に お屋敷を出てしまって……・・・ごめんなさい。 デューク様悪くないのに………他の女の人のことが好きって思って しまって……信じなくてごめんなさい」 「ニコル………」 デュークの表情が柔らかく変化する。 小さな体を震わせ、必死にそう告げる姿が愛しかった。 ニコルが謝るようなことは何もないのに………。 悪いのは自分の方だ。 これは今までの所業の報いだ。 散々色々な女性との浮名を流し、恋愛を遊びとしか考えて いなかった、その報い。 謝るのは自分の方なのだ。 なのにたった一人、自分が心から愛しいと思ったこの少年は、その小さな体を罪悪感で いっぱいにして自分に許しを請うている。 愛しくて愛しくてたまらなかった。 「ごめんなさい…………でも、僕、デューク様のことが好きなの。 お側にいたいの…………お側にいさせてください。 絶対にもうデューク様を疑ったりしないから……」 デュークからの拒絶の言葉を恐れるように体を震わせ、それでも精一杯の勇気を振り絞って訴えている。 「僕、デューク様の奥様でいたい……………」 そんなニコルが愛しくてならない。 「お願い、嫌いにならないで…………」 「ニコル………っ!」 気がつくと、手を伸ばし、その小さな体を胸に抱き締めていた。 「馬鹿だね。 どうして私がニコルのことを嫌いになれるというんだい」 こんなに愛しくて愛しくてどうしようもないほどに愛しいというのに。 「デュ、デューク様……」 デュークの腕の中に抱き締められ、ニコルはぽろぽろと涙を零していた。 「僕……僕……」 「ニコル。 愛しているよ。 黙っていなくなって、どんなに心配したか……」 「デューク様……」 温かい胸に頬を摺り寄せ、ニコルは子犬を抱えていない方の腕でぎゅっと背にしがみついた。 「……許してくださるの? 僕、デューク様の奥様でいられるの?」 「許すも何も…………私の妻はニコルだけだよ。 今までも、これからも」 「ほ、本当?」 見上げるその顔にはまだ不安の色が残っている。 デュークは涙に塗れたその頬を指で拭うと、小さく開いた唇に自分のそれを軽く触れさせた。 「約束するよ。 私の妻は生涯ニコルだけだ。 ずっとニコルだけを愛するよ」 「デューク様……ぼ、僕も……僕もデューク様だけが好き……愛しているの」 また唇が触れ合う。 何度も何度も。 啄むように触れ合う優しいキスに、ニコルの心から不安が消えていく。 代わりに沸き起こってきたのは胸がぎゅっと 締め付けられるような切なさと、たとえようもない幸福感だった。 「デューク様……大好き……」 何の気取りも飾りもない、幼い言葉。 しかしその言葉は何よりもデュークの心に深く温かく染み込んだ。 愛しい存在を腕の中に取り戻した安堵に、デュークはもう一度強くニコルを抱き締めた。 「あ〜…………お二方、そろそろいいか」 こほんという咳払いとともに、躊躇いがちに声がかけられた。 はっと振り向いた二人の目線の先には、アーウィンをはじめ、エリヤやジェンナが苦笑しながら立っていた。 「あ……っ!」 見られていた。 みるみるニコルの顔が真っ赤になる。 「無粋だぞ」 デュークは平然とした顔でそう言った。 「お前……それはないだろう。それがここまで心配してやった親友に言う言葉か」 自分だけではない。ジェンナやエリヤの前でそう言えるデュークが小憎らしい。 伯爵低に到着した途端、デュークは馬車から飛び出して屋敷の中へと駆け込んだ。 そして、待っていたらしい ジェンナとエリヤに挨拶する間もそこそこに、ニコルの居場所を聞き出すとそちらに行ってしまったのだ。 後に残されたのは、二人に振り回された者たちだけだった。 「ったく、馬鹿馬鹿しい」 はあっとため息をつくと、アーウィンはエリヤに顔を向けた。 「そろそろ城に戻るか。もう俺達に用はないらしいぞ」 エリヤはにこりと笑うと、側に立っていたジェンナに振り向いた。 「伯爵夫人。 いろいろとありがとう。 今度は是非ゆっくりと話をしたいものだね。 もちろん、ご夫君も一緒に。 元気なお子様が生まれることを祈っている」 「まあ、もったいないお言葉を。 ありがとうございます」 ジェンナは顔を赤らめ、会釈を返した。 エリヤはもう一度にっこりと笑うと、 最後にニコルに顔を向けた。 「ニコル、君にもまた是非。 いつでも城へ遊びに来てくれ。 歓迎するよ」 「は、はいっ!」 王子の言葉に、ニコルは慌ててぺこりとお辞儀をした。 その姿にまた笑みを誘われながら、エリヤはアーウィンとともに伯爵邸を後にしたのだった。 |