Dear my dearest






111










「何か納得いきませんわ。 ニコルちゃんがあんなに罪悪感を持つ必要はないというのに。 悪いのはむしろデュークの

方じゃありませんこと」

 屋敷に戻る決心をしたニコルが別室で治療を受けている子犬のトートを迎えに行くために部屋を出て行く後ろ姿を

見送り、 ジェンナはため息をついた。

 これまでのデュークの乱行の数々を知っているジェンナから見れば、ニコルが感じる罪など罪とも呼べない些細な

ものだ。 それこそ夫婦間ではしばしば起こる行き違いで済ませられる。

 それなのに、あの純真な子供はそんなことですらデュークに申し訳ないと言うのだ。

「あの程度のことでニコルちゃんが心を痛めるなんて…・・・ああ、もう本当にデュークったら・・・・・・」

 ジェンナにしてみれば、今回の一件も大元はこれまでのデュークの女性関係の派手さから来たものではないかという

思いがある。 自分もその中に含まれるのだが。

 しかしデュークとの関係が恋愛感情を含んだものではなかった彼女は都合よくそのことは忘れ、デュークへの非難を

口にする。

「いっそこのまましばらく一人にしておこうかしら。 ニコルちゃんをこちらに引き止めて…・・・あら、いい考えだわ」

 すっかりニコルを気に入っているジェンナは、このまま彼を自分の手元に置くという思いつきに気をよくした。

 あの可愛い少年は、最初から自分の保護本能をくすぐる存在だった。

「あの店でニコルちゃんに合う服を見立ててみたいわ。髪型もそれにあわせて整えさせて、それから一緒に公園を

散歩なんて素敵じゃないかしら」

 想像するだけで楽しそうだ。

 しかしジェンナの楽しい空想は、エリヤの苦笑によって遮られた。

「伯爵夫人。 ニコルは早く公爵の元に帰すほうがいい。 二人の間でじっくりと話し合いを持つべきだと私は思うが?」

「あら・・・・・・」

 ずっと自分の独り言をエリヤに聞かれていたと気づいたジェンナは、顔を赤らめ、慌てて身をかがめた。

「申し訳ありません。つい・・・・・・」

「いや。それよりも公爵への使者は?」

「すでに出しております。こちらに皆様をお連れした時に」

 少し残念そうにジェンナは答えた。

「ではすぐだな」

 言いながら、エリヤはデュークとともに来るだろう自分の夫のことを思い出す。

 今頃、さぞデュークの慌てぶりを側で面白がっていることだろう。それとも彼に振り回されているか。

 どちらにしろ、もうすぐこの騒ぎも治まることだろう。

 予定よりもずいぶんと長い外出になったと思いながら、エリヤはここに向かっているだろう二人の到着を待った。




 召使いが待ち人の到着を知らせにやってきたのは、それからまもなくのことだった。


















「よかった。 トート、ひどい怪我じゃなくて」

 くうん、と腕の中で甘えた声を出す愛犬をニコルはそっと抱き締めた。

 前足に包帯を巻いたトートは、しかし思ったよりも元気そうだった。前の右足にかすり傷を負っただけだったのだ。

 ニコルが部屋にやってきたときは、与えられた餌の皿に顔を突っ込んでいた。 そしてニコルの姿を見るなり

元気よく駆けてきたのだ。

「トート、帰るんだよ。デューク様にもう一度お会いするの。会って、謝って、もう一度デューク様のお側に置いて

もらえるように頑張るんだよ。トートも一緒に謝ってくれる?」

 ふんふんと鼻を摺り寄せるトートに頬擦りして呟く。

「……大丈夫だよね。王子様もジェンナさんも大丈夫だって、デューク様は僕のことお嫌いじゃないって、そう言って

くれるもの。きっと許していただけるよね」

 そう自分に言い聞かせるように呟きながらも不安な気持ちは隠せず、ニコルは腕の中の温かい毛皮に顔を埋めた。

 そうしていると少しは安心できる。自分を無条件に慕ってくれる存在に心が落ち着く。

「きっと、大丈夫……」




 その時、突然ニコルの背後の扉がバタンと開いた。