Dear my dearest






110









「資格? 資格がないって……」

 どういうことだと、ジェンナは眉を顰めた。

 デュークの妻となるのにどのような資格がいるというのだろうか。

 身分? 容姿? 性格?

 それならニコルは間違いなしに合格ではないか。いや、ニコル以上に相応しい相手がどこにいるというのか。

 ジェンナには訳がわからなかった。

 どうしてそんなことを思いついたのか。ニコルの中で一体何があったというのだろうか。

「ニコルちゃん、どういうこと? 資格がないって……どうしてそんなバカなことを……」

 俯き、じっと固くなっているニコルに、ジェンナは困惑の表情を浮かべながら尋ねた。

「ニコルちゃん?」

「・・・………だって……」

 俯いたまま、ニコルは小さな小さな声で言った。

「だって…………僕、デューク様のこと、ちょっとでも悪く思ってしまったもの」

「はい?」

 理解できず聞き返すジェンナに、ニコルは顔を上げると真剣な表情で言った。

「僕、奥様なのに、デューク様のこと、信じなかったもの。 デューク様が他の女の人が好きだなんて思ってしまったもの。

そんなのデューク様の奥様の資格ないです」

「……ちょ、ちょっと待って……」

 思いがけない言葉に、ジェンナはますます顔を顰めた。

 デュークのことを悪く思った? 信じなかった? だから資格がない?

 ニコルの口から出た言葉は、ジェンナの常識を超えたものだった。いや、一般の貴族全ての常識から外れたものといえる。

 自分の夫が他の女性と関係を持ったと思ったから妻として資格がないとするなら、この国の女性の少なくとも半分以上は

その資格がないということになる。 なにしろ、宮廷の貴族の間では結婚と恋愛は別という考えが一般的なのだ。

……もちろん、エリヤ王子たちのように恋愛で結ばれた相手を大切にする夫婦もたくさんいることはいるのだが。

しかしジェンナ自身、つい先日まで当のデュークと関係を続けてきたという事実があるのだ。 二コルの考えが俄かに理解

できないのは仕方ない。

「待ってニコルちゃん。そんな些細な……じゃなくて、デュークを信じなかったからって……別に少しくらい……ああっ

そうじゃなくて」

 あのデュークに対してそんな罪悪感を持つ必要などないのだ。ニコルと結婚しながら最初の頃は自分や他の女性達と

関係を続けてきたのだから。 それを言うならデュークの方こそ資格がないと言えるではないか。

 しかしニコルに真実を告げるのは憚られる。

 ニコルの中でデュークがどれほど美化されてしまっているのか、わかるからだ。

 今までのデュークの行状をもしニコルが知ったらどんなにショックを受けるかと想像すると、滅多なことは口にできない。

「だからね。ニコルちゃん。そんなこと気にする必要はないのよ」

「だめです。母様が、結婚したらどんなことがあっても旦那様のことを絶対に信じて大切にしなさいって、そう言ってました。

母様も父様のこと、とっても大事にしてました。だから父様も母様にとっても優しくて、二人とも幸せなんだって言ってたから、

だから、僕もデューク様のこと信じて大切にしなきゃだめだったんです。絶対に疑ったりしちゃだめだったんです」

 それはなんて珍しい夫婦だろう、と思いながら、ジェンナは今はそれは別に置いておく。それよりも、何とかニコルのその

考えを変えなければならない。 せっかくデュークの疑いが晴れたというのに、このままではニコルはずっとデュークの元に

帰らないことになってしまう。

 しかしジェンナにはどうやってニコルを説得すればいいかわからない。 ジェンナの常識をはるかに超える事態に説得の

言葉が

出てこないのだ。「デュークのことなら大丈夫よ。彼はそんなこと気にしないから。ニコルちゃんが帰れば……」

「そんなことできません。僕が悪いのに、デューク様の所に帰るなんて、デューク様にどんな顔して会えばいいか…」

「だからニコルちゃんは笑っていればいいのよ。そうすればデュークもすぐに機嫌が直るに決まっているから…」

「そんなの変です。デューク様のこと騙しているみたいです」

「そうじゃくて……ええっと……」

 どう言ったらいいのかわからず、ジェンナは顔を顰めてこめかみに指を当てた。

「簡単なことだよ。謝ればいい」

 そこに、ずっと側で話を聞いていたエリヤが口を開いた。

「エリヤ王子……」

「殿下」

 ジェンナがほっとした顔をする。エリヤが説得してくれるのなら大丈夫だ。

 エリヤはニコルの前にやってくると、身をかがめて視線を合わせた。

「君は公爵の事が本当に好きなのだろう?」

 エリヤの問いにニコルは大きく頷いた。

「なら、そんなに簡単に諦めてはいけないよ。人間は誰でも間違いを犯すものなのだから。でもそれを反省し、やり直すことが

できるのも人間なんだよ。君が本当に公爵のことが好きで、側にいたいと思うのなら、何度でも努力すればいい」

「努力?」

「そう。公爵に好きになってもらう努力。公爵の側にいる努力。そして君が公爵を好きでいる努力。逃げては何もできないよ。

君はまだ公爵に謝ってもいないだろう? 彼は今、君が突然いなくなってとても心配している」

 その言葉にニコルははっと目を見開いた。

「何も言わずに出て行ったら公爵がどんなに心配するか、君ならわかるだろう? 君が戻るまで、彼はずっと心配しなければ

ならないんだよ。どうして君がいなくなったのかもわからないまま」

「あ…・・・」

「一人で決めてしまうよりも、まず公爵に会って話しなさい。それとも彼は君が何を言ってもわかってくれないような人間かい?」

 エリヤの言葉に、ニコルはぶんぶんと首を振った。

「デューク様は、デューク様はとっても優しいから。それもいつも僕の言葉をちゃんと聞いてくださいます」

「なら、君がしなければいけないことは彼と話し合うことだ。そうだろう?」

「はい」

 ニコルは大きく頷いた。

「僕、また間違いをするところだったんですね。デューク様に心配をかけるなんて。それに自分だけで全部決めちゃいけなかった

んですね。デューク様にちゃんと謝って、それからもう一度お願いします。お側においてくださいって」

「いい子だね」

 エリヤはにっこりと微笑むと、ニコルの頭を優しくぽんと叩いた。

 その笑みに、ニコルの口元にもようやく笑みが浮かんだのだった。