Dear my dearest






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「さて、そろそろ詳しいことを聞かせてもらってもいいかしら?」

 ジェンナの屋敷に到着し、居間に落ち着きすぐに出されたお茶を飲んでいたニコルは、その声に

びくりと肩を震わせた。

 見るからに緊張している。

「ニコルちゃん、何も貴方を取って食おうとしているわけじゃあないのよ。 ただ、私は事情を知り

たいだけなの。 貴方がデュークのところを出て行かなければならないという事情をね。………

殿下もそれでよろしいかしら?」

 自分が話を進めていいかと、ジェンナは同じく椅子に腰を下ろし、お茶を飲んでいるエリヤに

伺いを立てた。

「どうぞ、チェスター伯爵夫人におまかせする。 私が聞くよりもニコルも話しやすいだろう。 私は

こちらで聞いているよ」

 ジェンナの言葉に、エリヤはにっこりと返した。

 ジェンナは軽く会釈するとまたニコルに向き直り、その顔を覗き込んだ。

「ニコルちゃん?」

「…………」

 どう?と促す声に、ニコルは俯いて唇を噛み締めた。 膝の上に置かれた手がぎゅっと握り締め

られる。

 しばらくして、小さな声がした。



「……………デューク様は、僕のこと、………お、嫌いなんです………」



「……………………………え?」

 ジェンナとエリヤ、二人の口から同時に驚きの声が漏れた。

「デューク様には他に好きな方がいらっしゃるんです。………そ、その方、デューク様の、あ、あ、

…赤ちゃんまでいて………デューク様、その方と本当は結婚したいんです」

「赤ちゃんっ?!」

 また同時に声を発する。

「ちょ、ちょっと待って。 赤ちゃんって……子供っ? デュークに子供がいるというのっ?」

「ニコル、それは本当かい? 侯爵に子供がいると? どこでそのような……」

 口々にニコルを問いただす。 黙って様子を見ているつもりだったエリヤも、思いがけない話に

驚きのあまり、つい口を挟んでしまった。

「そんな馬鹿なこと、あるはずないわ。 デュークに子供なんて………そりゃあの人、どこかに

子供がいてもおかしくないほど遊んでいるけど………でもその辺はちゃんと考えているはずよ。 

子供が出来るようなへまなことをするなんて、デュークに限ってそんな…」

 動揺するあまり、ジェンナはつい要らぬことまで自分が話してしまったことにも気づかない。

 しかし幸いなことに、今のニコルにはジェンナの言葉を深く考える余裕はなかった。

「だって、だって………あの人が言ったもの。 デューク様の赤ちゃんがお腹にいるって。 デュー

ク様も喜んでいるって。 だから僕との結婚は取りやめてあの人と結婚するつもりなんだって。

だから、だから僕………」

 マイラの言葉を思い出し、ニコルの目から涙が零れ出した。

「デュ、デューク様、元々僕と結婚したくなかったんです。でも、あの人は他の人と結婚しているし、

それもデューク様のお父様の奥さんだし、困ってしまって僕との結婚を了解したんです。 僕なら

赤ちゃん産めないし、その人との赤ちゃんが生まれたら……デューク様のお父様も仕方ないから

その人とデューク様のこと認めてくれるって……」

 デューク様、僕のことなんて何とも思っていないんです。 僕は邪魔者なんです。

 ぽろぽろと涙を流しながら、悲しそうにそう話す。

 しかしニコルの話を聞いていたジェンナは、泣きじゃくるニコルを慰めるどころではなかった。

 思いもよらない人物がニコルの口から出てきたことに、絶句していたのだ。

 はっと我に返り、何か言おうとするが、あまりのことにすぐに言葉が出ない。

 何度も口を開けたり閉じたりして、やっと声を出す。

「……………ちょ、ちょっと待って。 デュークの相手って……デュークのお父様の奥さんって、

それって、それって………」

 まさか、あの人のことじゃあないでしょうね。

 デュークの相手として、一番ありえない人物が頭に浮かぶ。

 まさか………。

「その女性というのは、マイラ殿のことかい? デュークの父上の奥方の」

 動揺のあまり、ジェンナがなかなか口にできなかった名前を、エリヤが代わりに口にする。

「ご存知なんですか? マイラさんのこと」

 ニコルが目を見開いてエリヤを見た。

 その様子に、ジェンナは自分の嫌な考えが当たっていた事を知る。

 嘘でしょうっ!

 思わず心の中で叫んでいた。

 マイラの名前を口にした当のエリヤも、椅子に座ったまま、その優美な眉を顰めていた。