Dear my dearest






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「一体どこへ行ったんだ!」

 ダンッと拳をテーブルに叩きつけ、デュークは唸るように言った。

 ニコルが行きそうな所は全て探した。 といっても、普段一人では屋敷の外に滅多に出ない

ニコルの行動範囲など知れているのだが。

 屋敷内はもとより、厩舎や庭の隅々まで探し回り、屋敷周辺の道や店も全て見て回った。

しかし、捜し求める少年の姿はどこにもなかった。

「どこにいるんだ……出て行った時間を考えてもそんなに遠くには行っていないはずだ。

必ず近くにいるはずなんだ。なのにどうして見つからないっ」

 苛々と部屋の中を歩き回るデュークに、カディスも心配の色を隠せない。

「デューク様、申し訳ございません……・私がもう少しニコル様のことを見ていれば……」

 ニコルの様子がおかしいことに気づいていたのに、なのにどうしてそのままにしていたのか。

 カディスは悔やんでも悔やみきれない思いでいっぱいだった。

「今はそんなことを言っている時じゃない。ニコルを見つけることが先だ」

 己の過失と自分を責める執事に、デュークはそう首を振った。



「だめだな。 街外れの方まで探してみたが見つからなかった」

 眉を顰めながら、アーウィンが部屋の中に入ってきた。

「もしかして家に帰ったんじゃないのか? あいつの実家の方は? 調べたのか?」

「今使いをやっている。 ………しかしニコルの家はここからずいぶんとある。 着の身着のまま

で出て行ったらしいニコルが帰れるとは………歩いてなど無理な距離だ」

「ふうん………だとすると、やっぱりまだ街中か………しかしどこに行ったんだろうな……」

 慌ててカディスが持ってきたお茶を飲みながら、アーウィンは首を傾げた。

「頼るような知り合いなどいないのだろう? てっきりすぐに見つかるものだと思っていたのだがな。

街中でうろうろしていると思うんだが………」

「……………もしかして、誰かが連れ去ったんじゃあ………」

 椅子に座り込み、頭を抱えていたデュークがぼそりと呟いた。

「おい」

「ニコルはあんなに可愛いんだ。 もしや不埒な考えを持った男がニコルを無理矢理………」

「それは……」

 考えすぎだとは、アーウィンは言えなかった。

 会った時間は短かったが、それでもアーウィンはコルの美貌を認めるには十分だった。

 デュークの言うとおり、邪な考えを持った輩がその美貌に目をつけないという保証はない。

「今頃馬車に乗せられてどこかに連れて行かれているんじゃあ………」

 一度そう考えたら、それが本当のように思えてくる。

 そしてその考えはどんどんと悪い方向へと進んでいった。

「まさか、ニコルをどこかに売り飛ばそうとしているんじゃないだろうな。 どこかの変態の好事家

に…………そしてニコルを……ニコルを………」

 言いながら、その顔がだんだんと青ざめていく。

 隣で聞いていたカディスも顔を引きつらせていた。

「……おい」

 さすがにこれはやばいと思ったアーウィンが声をかけたが、すでに遅かった。

 デュークはガタンと勢いよく立ち上がると、扉に向かってまっしぐらに突進した。

「おいっ! どこに行くっ! ニコルが行きそうな心当たりを思い出したのかっ?」

「違うっ! そんな悠長なことをしていられるかっ そんなことをしている間にもニコルがどんな目

にあっているかっ!  城に行って軍を出すっ!」

「なっ!!!!!」

「兵を出して都中をしらみつぶしに探すんだっ! ニコルを助け出さないと………っ!」

「おっ おい! 待てっ!!」

 とんでもないことを言い出すデュークに、アーウィンは慌てて彼を追いかけ、その腕を掴んだ。

「何を言い出すっ! 軍を私用に使うなっ! いくらお前でもそれはまずいだろうっ!」

「私はクレオール侯爵だぞっ! 軍を動かす権限も持っているっ! その私が軍を使って何が

悪いっ!」

「だから私用に使うなってっ!! 少し落ち着けっ!」

 腕を振り解こうとするデュークを押さえつけながら、アーウィンは彼を落ち着かせようと必死

だった。 いくら国の重鎮であるクレオール侯爵といえども、軍を無断で動かせばただではすむ

はずがない。 そのことすら頭から飛んでしまっているデュークに、アーウィンの方が頭を抱え

たくなりながら、親友を体を張って引き止める。

「離せっ! ニコルを助け出すんだっ!!」

 背後から羽交い絞めにされ、デュークが怒りに声を荒げる。

「デュ、デューク様………」

 主人の乱心に、カディスはただおろおろとするだけだった。 こんな取り乱したデュークの姿は

初めて見る。

「ああっ! もうっ! だから落ち着けってっ! お前がそんな状態じゃどうにもならんだろう」

「だったらどうしろというんだっ!」

「もう一度考えろっ! 本当にニコルはこの都に知り合いがいないのか?」

「いるはずがないだろうっ ここに来てからニコルは外出するときはいつも私と一緒だった。

私が知らない人間と知り合いになるなど、そんな機会はなかったっ」

「本当か? カディス」

 話を振られたカディスは、こくこくと頷いた。

「は、はい。 おっしゃるとおり、ニコル様はいつもデューク様とご一緒で……」

「だったらやはりまだ街中だ。 おい、デューク、 もう一度探せ。 今度はあいつが行きそうに

ない場所も含めてな。 もしかすると道に迷って路地裏に入り込んでいるかも知れん。 それから

小さな店など見落としているかも知れんしな。 必ずニコルはどこかにいる。 迷子になってお前を

待っているかも知れないんだぞ。 お前がそんな状態でどうする。 そんなことでは見つかるもの

も見つからんぞ。 いつものお前に戻れ。 もっと冷静に考えろ」

 こんこんと諭すうちに、デュークの気もだんだんと落ち着いてきたようだった。

 強張らせていた体から力を抜き、はあっとため息をつく。

「……………わかった、 もう一度よく考えて探そう。 わかったから手を離せ」

 アーウィンが手を離すと、デュークは乱れてしまった髪を手でかきあげながらもう一度ため息を

ついた。

「………すまない。 ちょっと頭が混乱していた」

 ちょっと?

 アーウィンとカディスは同時に心の中で突っ込んだ。 が、あえて何も言わなかった。

 また暴れられては困る。

「お前の言うとおりだ。 軍はまずいな、確かに。 だが人手はいる。 ……カディス」

「は、はいっ!」

 突然名を呼ばれて、カディスはしゃきんと背筋を伸ばした。

「屋敷内の手の空いている者全て集めろ。 ニコルのことをよく知っている者は特にだ。

皆からニコルに関して知っていることを全て聞き出せ。 彼が行きそうな場所を思いつくかも

しれない。 金はいくらかかってもいい。 ニコルを探すように命じろ」

「はいっ!」

 デュークの言葉にカディスは力強く返事すると、早速部屋を出て行った。

「さて、じゃあ俺達ももう一度街に出るか」

「すまないな。 世話をかける」

 悪友の前で醜態を晒してしまったデュークは、気まずそうにあらぬ方を見ながら、それでも

親身になってくれる大切な友に礼を言った。

「まったくだ」

 いつになく殊勝な物言いをするデュークに、アーウィンはひょいと眉を上げるとにやりと笑った。

「この貸しは高いぞ」

 その言葉に、デュークは顔を顰めながらもわかっている、と頷いた。