Dear my dearest






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 声に振り返ったニコルは、そこに思わぬ人の姿を認め、驚きに目を見開いた。

「あ……」

「まあっ 殿下……っ」

 同じく振り向いたジェンナが、慌てて馬車から降りて臣下の礼を取る。

 しかしニコルは目の前に近づいてきた人の顔をぼうっと見上げるだけだった。

「……エリヤ王子様……?」

 そこにいたのは、つい数刻前に会ったばかりのエリヤ王子だった。





「エリヤ王子様、どうしてここに……?」

 何故王子がここにいるのかわからず、ニコルはエリヤを見上げた。

 クレオール侯爵の屋敷にいるはずだった。

 少なくともニコルが屋敷を出た時には、彼はそこにいた。

 それがどうしてこんなところにいるのか、どうして自分の目の前に立っているのかわからない。

 わからないまま、その端整な顔を見上げる。

 そんなニコルに、エリヤはにっこりと笑いかけた。

「ちょっとね。 誰かさんが突然姿を消したから、クレオールの屋敷内が大騒ぎだ。 侯爵は気が

動転してしまってただ闇雲にあちらこちら右往左往している。 普段の侯爵ならもう少し考えて

行動するはずなのにね。 その様子があまりに気の毒でつい私もお手伝いをしてしまった」

 暗にニコルを探していたのだと言われる。

 しかし、ニコルはそれよりも他の言葉が気になった。

「大騒ぎ? デューク様が……?」

 自分がいなくなって、デュークが動揺している?

「そう、侯爵は血相を変えて君を探している。 あのような侯爵は初めて見たな」

「………」

 ニコルの瞳が動揺に揺れる。

 そんなに大騒ぎになってるなんて、思ってもみなかった。

 どうしよう…………。

 どうすればいいかわからなくなり、ニコルはその場に立ち竦んでしまった。

「…………とりあえず、君の話も聞かなきゃね」

 エリヤはニコルの肩をぽんぽんと叩き、馬車の側に立つジェンナに目を向けた。

「チェスター伯爵夫人。 というわけで、申し訳ないが私も貴方のお屋敷に伺ってもかまわない

だろうか」

「…ええ、ええっ もちろんですわ。 殿下」

 ジェンナはエリヤが自分の名を知っていたことに驚き、そして自分に向けられた笑みの麗しさに

頬を染めながら、もう一度膝を折り礼を取った。

 そして、一歩下がり、エリヤを先に馬車の中へと促す。

 しかしエリヤは笑って首を振ると、恐縮するジェンナの手を取り、まずは彼女を馬車の中へと

導いた。

「ご婦人を差し置いて先に乗るわけにはいかないからね」

 そして今度はニコルの手を取り、彼も先に乗り込ませる。

 まだ状況が把握できていないニコルは、エリヤのするがままになっている。

 二人を先に馬車に乗せ、やっとエリヤは自分も中へと乗り込んだ。

 目の前に座った王子の姿に、ニコルはやっと自分がどのような状況にいるのか理解した。

 王子と一緒の馬車に乗る。 思いもよらないことにどうすればいいのかわからず、ニコルは

目の前に座るエリヤをちらちら見たり、窓の外を見たりと落ち着かない。

 そんなニコルに、エリヤは安心させるように微笑みかけた。

 その優しい笑みにニコルもぎこちなく笑みを返す。

「急いで屋敷に戻ってちょうだい」

 先に今の状況を受け入れ落ち着いたジェンナが、窓から御者に指示する。

 思わぬ取り合わせの三人を乗せた馬車は、ゆっくりと動き出した。

 ジェンナの屋敷へと向かって。