Dear my dearest






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 しばらく続いた泣き声がだんだんと小さくなっていき、やっとニコルが落ち着いてきたと

見たジェンナは、もう一度背中をポンポンと叩きながら顔を覗き込んだ。

「そろそろ落ち着いた?」

「………」

 まだ頬を涙で濡らしながら、ニコルは俯いたままこくんと頷いた。

「……ありがとうございます、ジェンナさん。あの人……何だか怖くて……僕、どうしたら

いいかわからなくて……いきなり馬車に乗せようとするし……」

 思い出したのか、体をぶるっと震わせる。

 そんなニコルを見て、ジェンナはほうっと小さくため息をついた。

 こんな子供が、しかもこんなに容姿がいい子が一人で街中にいればどういうことになるか

わからないデュークでもないだろうに……。

「…一体、デュークったら何してるのかしら。ニコルちゃんをこんなところで一人にさせる

なんて」

 当然デュークが一緒にいるものと思っているジェンナは、ここにいない男に憤慨する。

 戻ってきたら一言文句を言わなきゃ。

 そう息巻くジェンナの言葉に、ニコルがビクッと肩を震わす。

「デューク、どこに行ったのか知っていて? すぐに戻るって?」

「あの……」

「何か買い物でもしているのかしら。 デュークのことだからニコルちゃんの好きそうな

お菓子? それとも洋服? ……あら、でもそれならニコルちゃんも一緒に連れて行く

わよねえ」

「あの、ジェンナさん……っ」

「ニコルちゃん、いいのよ。心配しなくても、デュークが来るまでは私が一緒にいるわ。

ちゃんと顔を見て怒ってやらなきゃ」

「ジェンナさん、違うんです。あのっ 僕……」

 くうぅ……

 その時、ニコルの足元に温かい感触が触れた。

「っ! トートッ!」

 愛犬の姿をそこに見て、ニコルは歓声を上げた。

「トートッ よかった、無事だったんだね」

 抱き上げると、子犬は喜んでペロペロ顔を舐めた。

「怪我は? どこに怪我してない?」

 体のあちらこちらを手で確かめる。

 キャンッ!

 右の前足に触れた途端、子犬が甲高く鳴いた。

「トート? 痛いの? ……あ、血が出てる」

「どうしたの? この子、ニコルちゃんの子犬なの?」

 様子を見ていたジェンナが手を触れようとすると、子犬は警戒しているのか、ウ〜ッと

小さく唸って触らせようとしなかった。

「トート、大丈夫だよ。この人、いい人なんだよ。大丈夫だよ」

 傷ついた子犬を宥めるように抱きしめる。

「怪我しているのは前足だけのようね。でも早く手当てをしてあげないと。 ……ほんと、

デュークったらどこに行ってるのかしら。 ……仕方ないわね、放っておきましょう。

ニコルちゃん、私が屋敷まで送るわ。行きましょう」

 自分の馬車を待たせているところへニコルを連れて行こうとする。

「ニコルちゃん?」

 が、ニコルは子犬を抱きしめたまま、その場から動こうとしなかった。

「ニコルちゃん? どうしたの?」

 行きましょう、とジェンナが促すと、ニコルは子犬をしっかりと抱きしめたまま、

縋るように彼女を見た。

「………ジェンナさん…あのね、僕ね………デューク様のところから出てきたの。

戻ってはいけないの……デューク様の迷惑になるから」

 その言葉に、ジェンナは目を見開いた。