Dear my dearest






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「静かにしないか」

 男は強引に馬車に乗せようと、ニコルの腕を強く引っ張った。

「離してっ 嫌っ デューク様……っ」

 恐ろしさのあまり涙を流しながら必死にもがくニコルの抵抗も、がっちりとした体格の男に

とってはたいしたものではない。

「大人しくしていれば君にもいい思いをさせてあげよう。ほら、乗りなさい」

 抵抗するニコルをものともせず、男はその体を馬車の中に押し込もうとした。

 と、



「……ニコル? もしかして、ニコルちゃんじゃなくて?」

 

 割り込んできた声に、男の動きがはっと止まる。

「……ジェ…ジェンナ、さん…? ジェンナさんっ!」

 声のする方に顔を向ける。

 そこに不審気な表情で立っていたのはジェンナだった。

 知った顔を認めたニコルは、必死に手を伸ばし助けを求めた。

「ジェンナさんっ 助けてっ」

「…このっ」

 男が慌ててニコルを馬車に押し込もうとする。

 しかし、ニコルの姿を認めたジェンナがそれを許さなかった。

「お待ちなさい!」

 凛とした声で男を制止する。

 つかつかと二人に近寄り、声を上げる。

「これは一体どういうことっ? あなた何者なのっ ニコルをどこに連れて行こうというの?」

「わ、私はただ……」

 ジェンナの剣幕に、男はたじたじとなった。

 心の中でまずいことになったと思う。

 ジェンナの格好から、彼女がかなり身分の高い人間だと察する。

 そんな女性と知り合いということは、この少年もただの子供ではないのだと悟った。

 少しばかり金があるといっても男は所詮ただの平民だ。

 貴族に手を出してただで済むとは思わない。

「わ、私はただこの少年が行く所がないというから保護してあげようと思っただけだ。……

し、しかし知り合いの方がいらしたというならもう大丈夫だな。それでは私はこれで」

 早口にそう言うと、男は辻馬車に慌てたように乗り込み、さっさと出すように御者に指示した。

 逃げるように去っていく馬車を見ながら、ニコルは呆然とその場に座り込んだ。

 ……助かった…のか?

「大丈夫? ニコルちゃん」

 そんなニコルの顔を、ジェンナが心配そうに覗き込んできた。

「………ジェンナさん………」

 彼女の顔を見た途端、ニコルの目から安堵の涙がぽろぽろ零れた。

「ジェンナさん……ジェンナさん……」

 手を伸ばし、彼女に縋りつくようにして大声で泣き出した。

「ちょ、ちょっと…ニコルちゃん? 一体……あなた一人なの? デュークは……」

 見知らぬ男に絡まれているニコルの姿を見た時はまさかと思った。

 思いながら声をかけ、そして不埒な男を遠ざけた今はその側に必ずいるはずのニコルの

保護者というべき男の姿を周りに探した。

 しかしそれらしき影はどこにもない。

 事情がわからず戸惑ったジェンナが尋ねても、ニコルはただ泣きじゃくるばかりだった。

「困ったわね……」

 ただ泣いてしがみつくニコルに、事情を話してもらうのは今は無理と悟ったジェンナは

子供をあやすようにニコルの背中をぽんぽんと叩きながら、ため息をついた。