冬の瞳

 

41

 

 

 

  茫然と自分を見上げるアーウィンの小さなつぶやきを耳にしたとき、 エリヤは体からふっと力が抜けるのを感じた。

  アーウィンに会うまで緊張していた。

  どのような顔で出迎えられるかわからなかった。

  もしかしたらまた嫌悪の目を向けられるかもしれない。

  そう思って怖気づきそうになりながら、 それでもアーウィンに会いに来ずにはいられなかった。

  すっかり体が回復すると、 すぐに父である王のもとに行った。

  そしてもう何年も前から考えていた事を告げた。

  王はエリヤの突然の話に驚き反対したが、 それでも最後にはしぶしぶ認めてくれた。

  その足でエリヤは馬に飛び乗ると、 アーウィンのいるルトリックの領地へと向かったのだ。









  「アーウィン……」

  馬から下りたエリヤはまっすぐアーウィンの元へと歩いていった。

  その様子をアーウィンは瞬きもせずにじっと見つめている。

  目の前にエリヤが立ったとき、 やっと身じろぎする。

 「エリヤ………どうしてここに……」

  問いかける声がかすれている。

  目は食い入るようにエリヤを見ていた。

 「………君に会いに……」

  エリヤはぎこちなく微笑みながら答えた。

  アーウィンの戸惑いながらも嫌悪を見せない様子に、 少なくとも自分がここに来たことを迷惑に思っている

のではないと思った。

 「何故……どうして俺に?」

  少し落ち着きを取り戻した声でアーウィンが再度問いかける。

 「……体はもう大丈夫なのか?」

  目がエリヤの体をさまよう。

  エリヤの無事を確かめているようだった。

  自分の体を気遣うようなその声に温かいものを感じて、 エリヤは勇気を出して手を差し伸べた。

 「………アーウィン……会いたかった……どうしても君に会いたかったから……」

  エリヤの言葉にアーウィンは目を見開いた。

  しかし、 エリヤの手がアーウィンに触れようとした瞬間にさっとあとじさった。

 「アーウィン………」

  やはりアーウィンはまだ自分を許してくれないのだ。

  エリヤの目が曇る。

  それでもどうしても確かめたいことがあった。

  その為にここまでやって来たのだから。

 「アーウィン………城で私を看病してくれたのは君だろう? 夢の中で君の声が聞こえた。 ……そのお礼が

言いたかった」

 「違うっ!」

  アーウィンが言葉をさえぎるように激しく言った。

 「どうしてお前が俺に礼を言うんだっ 俺が……俺がお前をあんな目に……っ」

  目に苦悶の表情を浮かべる。

 「君のせいじゃない。 あれは仕方がなかったんだ………私がセレンの姿を見抜けず騙されたから……

むざむざと体を奪われた」

  とっさにエリヤはアーウィンの腕に手をやっていた。

  アーウィンの体が強張る。

 「………やはり許せないか? ユールをあんな姿にしたのは私が彼を殺してしまったから………私が

悪いから……」

 「エリヤっ! 何を言うっ!」

  アーウィンが驚いて否定する。

 「どうしてお前が自分を責めるっ お前に罪はないのに……っ」

 「……もう私を憎んでいないのか?」

  エリヤが震える声で尋ねた。

  アーウィンの自分を見る目に嫌悪の色がないことを確かめる。

  そのためらいがちな視線にアーウィンの表情が和らぐ。

 「どうしてお前を憎まなければならない。 憎まれなければならないのは俺の方だ………散々お前を傷つけた」

  エリヤは黙って首を振った。

 「お前の言葉を聞こうともしなかった。 酷い言葉でなじり……その体を乱暴に奪った。 挙句にお前を死なせてしまう

ところだった。 俺の方こそ許されない」

  淡々と語るアーウィンの口調に、 かえって彼の深い苦しみと哀しみを知る。

 「俺はもうお前の前に出る資格なんてない………」

 「アーウィン………違う……」

  自嘲するように言うアーウィンに、 エリヤは首を振りつづけた。

 「俺はここで暮らす。 もう宮廷には戻らない。 ………エリヤ、 お前が幸せになるのをここから祈っている」

 「違うっ! アーウィン………そんなの違う……っ」

  エリヤが涙を浮かべてアーウィンを見つめた。

 「………一つだけ言って……あの時言った言葉は……本当なのか? ……あの、 ユールに向かって言った言葉、

私を……私だけを愛してくれていると……」

  エリヤの問いかけにアーウィンは表情を暗くする。

 「………本当だ。 こんな言葉、 もうお前には迷惑なだけかも……」

  言い終わらないうちにエリヤが腕の中に飛びこんでくる。

 「エリヤ…っ」

 「言って。 もう一度………愛してるって……それだけ言って」

 「しかし……」

 「お願いだから……今も本当にそう思ってくれているなら」

  エリヤの懇願に、 たまらずアーウィンはその体を強く抱きしめた。

 「………愛してる……愛してる……っ お前だけだ」

  熱く囁く言葉にエリヤの口に笑みが零れた。

  そして長い間心に封じていた言葉を唇に乗せる。

 「私も………私も愛してる……アーウィン、 君だけを……」

  アーウィンが信じられないという表情をする。

 「俺は……お前を傷つけた。 決して許されないほどの……」

 「いいんだ。 私は君が前のように側にいてくれればそれで…」

 「エリヤ……っ」

  抱きしめる腕に力がこもる。

 「どうすればいい? どうしたらお前に償える?」

  愛しい体を抱きしめながら、 アーウィンはそれでもまだ拭いきれない罪悪感に苛まれる。

  胸の中はエリヤに対する愛情で一杯だった。

  一度抱きしめてしまうともうだめだった。

  諦めようとした自分が信じられない。

  もう離せない、 離れられないと激しく思う。

  そんな彼にエリヤは涙の滲む瞳で微笑みながらそっと頬に手をやった。

 「………ただ私を愛してくれればいい。 愛してるって言ってくれれば……」

  アーウィンの目から涙が溢れる。

 「エリヤ…………愛してる。 お前だけを愛してる」

  何度も何度も愛してると囁き続ける。

  エリヤは微笑みながらアーウィンに顔を寄せた。

  そっと顔を伏せたアーウィンと静かに唇が重なる。

  幾度も唇を重ね続ける。

  やっと顔を上げたとき、 アーウィンの表情からは暗い影が消えていた。

 「愛してる」

  そう優しく告げる声にエリヤが幸せそうに微笑む。

  二人の周りを風が優しくそよいでいく。

  見上げた恋人の瞳は温かく優しい春の空の色だった。

 



 



                               END