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  その日は1日中、 恭生は家の中に身の置き所がなかった。

  優生は目を合わすと真っ赤になって顔を背ける。

  逸生は事の成り行きを知っているのかいないのか、 思わせぶりな視線を送ってきては

ニコニコと笑っている。

  唯一の救いは、 稽古場に入った時だけだった。

  突然身なりを整えて稽古場に入ってきた恭生に、 そのときばかりは逸生も優生も驚いた

顔をした。

  家元である父ですらまじまじと恭生の顔を見つめるだけだった。

  しかし、 恭生が緊張した面持ちで稽古をつけてくれるよう願い出ると、 目元を和らげ黙って

頷いた。

  久しぶりに稽古場のぴんと張り詰めた空気に触れ、 恭生は心の中が澄んでいくのを感じた。

  体を動かすことが楽しい。

  舞いの一振り一振りに喜びがこみ上げてくる。

  一心にただ舞い続けた。

  そんな恭生を、 ジェフリーは稽古場の隅で優しく微笑みながら見守っていた。





  稽古場に入る前、 恭生は真剣な顔でジェフリーに話した。

 「俺、 もう一度踊りをやり直すよ。 舞台に立つことにはもうそんなに固執していない。

……いつかは立てたらいいなとは思うけど。 でも今はただ踊りのことを勉強したい。 俺に

出来るだけたくさんのことを勉強して、 俺に出来ることを見つけていきたい。」

  そう言ってちょっと笑った。

 「あの女の子達みたいに小さい子供達に教えるのもいい。 少しでも多くの人達に日舞を

好きになってもらえるように。 ……日本人だけじゃなくていろんな国の人達に知ってもらえ

たらな、 とも思うし。」

 「……俺の国にも?」

 「うん。 今、 父さんがお前の父さんの後援でN.Yで日舞の公演をしているだろう。

そんなことにも参加してみたい。」

  いきいきと語る恭生を、 ジェフリーは嬉しそうに見つめた。

 「じゃあその時は俺も何か手伝いが出来るようになっていないとな。」

 「一緒にやってくれるのか?」

 「当たり前だろう、 俺は恭生とずっと一緒にいたいんだから。」

  とりあえずはこの国の大学に留学するにはどうしたらいい?

  その言葉に恭生の笑みが大きくなった。







  もうすぐ夏休みが終わる。

  ジェフリーもアメリカへと帰る。

  しかし恭生にもう不安はなかった。

  夏の始めの頃は何も考えずただ毎日をぼうっと過ごすだけだった。

  今の恭生は自分の心の中に確かな自信と夢があることを知っている。

  そして自分を見てくれる人がいる事も。

  恭生は踊りながら自分を見つめるジェフリーと目を合わせると、 にっこりと微笑みかけた。

                          END