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         「楽園の瑕」 番外編 

  




「そろそろ考えねば、な………」

「陛下?」

 う〜ん、と腕を組んで何やら考えこんでいるファビアスに、リカルドは不審の目を向けた。

「陛下、手が止まってます。そちらに回している書類は本日中に見ていただかなければ」

「あ、わかってる。わかってるが………なあ、リカルド。子供の名というものはどうやって

決めればよい?」

「は?」

「だから子供の名だ。そろそろ考えておかねばならぬだろう」

「…………まだご出産までしばらく時間があると思いますが……」

「名前というものは一生のものだぞ。どれだけ時間をかけても足りないくらいだ」

「しかし男の御子か女の御子かもわからないようでは………」

「そうだな………一応、両方考えておかねばならぬか…」

「陛下………」

 真剣な顔で考え込むファビアスに、リカルドはそれよりも今は仕事を、と手にした書類を

握り締める。

 しかしそんなリカルドの心情をよそに、ファビアスはひたすら考え込んでいる。

「…………神官に良き名を占わせてはいかがですか?」

 とうとう諦めたリカルドがため息と共に言った。

「神官か………そうだな。それも良いかも知れぬな。よし、神官をここへ」

 うんうんと頷いたファビアスは、早速神官を部屋に呼び寄せて占いを命じた。

 命を受けた神官達が部屋から退出するのを見て、リカルドはやれやれと息をつく。

 これで執務に戻れる。

 しかしそんなリカルドの願いもむなしく、ファビアスはまたまた考え込んだ。

「…………神官だけの意見を聞くわけにもいかぬな。サラーラにも聞いてみないと」

「妃殿下に、ですか?」

「当たり前だろう。サラーラも自分の子供につけたい名などあるやもしれん」

 どうだろうか………。

 あのサラーラがそこまで考えているかどうか、とリカルドは内心首をかしげた。

 つい先日までは自分の子供という存在にすら、認識していなかった彼である。

 しかしファビアスにそう告げることも憚れる。

「あ! 陛下……っ!」

 迷っているうちに、ファビアスはすっくと椅子から立ち上がると扉へと向かった。

「陛下っ! どちらへ!」

 そう言いながらも行き先などわかっている。

「決まっている。サラーラのところだ」

 仕事は、というリカルドの言葉は虚しかった。

「ああ………」

 リカルドはがっくりと肩を落とすと、サラーラの元へと向かうファビアスの後についていった。









「名前?」

 サラーラはファビアスの言葉に首をかしげた。

「そうだ。そろそろ子供の名を考えねばな。サラーラはどのような名がよい?」

「名前………僕が決めるの?」

「何かつけたい名があるのか?」

 大きくせり出した自分の腹を見ながら考えるサラーラに、ファビアスは身を乗り出した。

「名前……名前…………ええとね」

 きょろきょろと周りを見回しながら考えている。

「サラーラの好きな名は何だ?」

 ファビアスが尋ねる。

「好きなもの?……好きなもの…………」

 ふと、サラーラの目がテーブルの上で止まる。

「あ、クッキー!」

「………サラーラ、それは菓子の名だ」

「じゃあクリームは? 可愛いよ?」

「……………サラーラ、犬猫の名をつけるのではないのだぞ。俺達の子供の名だ」

「ダメ? 可愛いのに…………」

 またうろうろとサラーラの目が部屋の中をさまよう。

「あ…………」

 今度は花瓶の花に止まる。

「サラーラ、花の名前もだめだぞ。もし男ならどうする」

 見咎めたファビアスがすかさず口を出す。

「そんな………わかんないよ………」

 どうしようと困った顔をするサラーラに、どうしたとクルシュが近寄ってきた。

「あ、クルシュ……・…そうだ! ファビアス様!」

「………は?」」

 突然自分の名を呼ばれ、ファビアスは何だと眉をしかめた。

「ファビアス様のお名前は? 男の子の名前でしょう?」

「…………サラーラ、それは俺の名だ」

「だって、クルシュもお父さんと同じ名前なんだよ? クルシュのお父さんも、そのお父さんも

皆クルシュって名前なんだって聞いたもん」

「……俺と子供は犬と一緒なのか?」

 思わずため息が出る。

「第一、そうなったらサラーラは俺と子供をどう呼び分けるつもりだ? 同じ名などややこしい

だろう」

「ええと…………お、” 大きいファビアス様 ” と ” 小さいファビアス様 ”………?」

「!」

「………ぐっ……」

 ファビアスの後ろから妙な音が聞こえた。

 見るとファビアスの後について来ていたリカルドが、口元を手で押さえて顔をそむけている。

 ファビアスはじろりとリカルドを睨むと、またため息をついて言った。

「…………わかった。サラーラ、名前は俺が考えよう。ちゃんと立派な名をな」

「…………? うん」

「では、仕事に戻るとしよう。………リカルド、行くぞ」

「…………はい」

 頷くリカルドだったが、その声はかすかに震えていた。

 必死に笑いをこらえているのだ。

 もう一度、そんなリカルドじろりと睨むと、ファビアスは部屋を出て行った。

 しかし、心なしかその肩は落ちているようだった。















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