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           「Spicy Bombe」 番外編  






「ジャガイモとひき肉と……キャベツはまだあったよな。ベーコンもあった。よし、OK」

 淳平はすっかりなじみになったスーパーで食材をそろえると、いつものごとく

自分に渇をいれた。

「っし! 今日こそは全部あいつに食わせてやるぞ!」

 ………それが叶った日はまだ来ないのだが……。


 
 てくてくと、マンションへ歩いていた淳平の足がふと止まった。

 一軒の魚屋の前だった。

「……うまそ〜……」

 淳平の目は並べられた魚の一点に釘付けだった。

「らっしゃい! 兄ちゃん。今日はいい鯵がはいってるよ! ほら、新鮮そのもの!」

 顔なじみのおやじが淳平を見て、本日のオススメ品を示す。

「今日獲れたてのピチピチだ。刺身にすると美味いよ〜」

「だよね〜。たたきにしたらうまそ〜」

 ピカピカ光る鯵が食べてくれと誘っているようだ。

 三枚に下ろしてネギと生姜のみじん切りと和えて食べると絶品だろう、と、口の中に

唾が沸き起こってくる。

「しかも安いし」

「そうだろう。どうだい? なんならもう2.3尾おまけつけちゃうよ」

「おまけ……」

 心惹かれる言葉にぐらぐらとゆれる。

 が、

「……ああ、でもあいつがな〜」

 絶対、ぜ〜ったい! 杵築は食べないだろう。

 なんたって、彼の嫌いな青魚なのだ。

「う〜、でもうまそうだよな〜」

 諦めきれない。

「え〜い! 買っちまえ! おじさん、一盛り!」

「あいよ!」

 まあ、なんとかなるだろう。

 たたきは無理として、梅肉煮とか……いや、小さくほぐしてしぐれ煮のようにすれば

ふりかけ代わりに食べるかも……。

「う〜ん、フライみたいな洋食の方が食べやすいか?」

 いや、グラタンにしてしまおうか。

 急遽増えた材料でメニューを考えているうちに、いつのまにかマンションについていた。

 勝手知ったる、といった様子でパスワードを打ち込んでエントランスのロックを外し、

淳平はさっさと中に入っていった。






「うん、やっぱりしぐれ煮にしてしまおう」

 キッチンカウンターで材料を取り出しながらメニューを決める。

「しぐれ煮?」

 いつのまにかキッチンに来ていた杵築が訝しそうに立っていた。

「うわっ! なんだよっ いるならいるって声をかけろ!」

 突然の声に、淳平は驚いて振り返った。

「自分の家だ。どこにいようと勝手だろう」

 そう返しながら、冷蔵庫からビールを取り出す。

「………むかつく…」

 相変わらずな返事に、淳平は小さくうなった。

「なんだ? それは」

 と、杵築が袋から飛び出した魚の頭に眉を顰める。

「ああ、安かったから。今日のメニューだ」

「………そんなもの俺は食べんぞ」

「うるせえな。とにかく出来るまで黙ってろ」

 拒否を示す男に、淳平はびっと指を突きつけた。

 そして、さて、と料理に取り掛かろうとして、はたと気づく。

「あ、生姜……っ」

 買い忘れていた。

「ちょっと出てくる」

 淳平はまだキッチンに立っていた杵築にそう言うと、財布を掴んで部屋を飛び出した。

 あとにはじっとカウンターの上を見つめて何やら考え込む杵築が残った。






「うわっ 遅くなっちまった」

 部屋に戻ってきた淳平は、時計を見て慌ててキッチンへと向かった。

 ちらりと見ると、杵築は隣のリビングのソファで新聞を読んでいるようだった。

「よし、今日こそ見てろよ……」

 腕まくりをし、さあ料理だ、とカウンターを見る。

 が、その手が止まった。

「……………ない」

 先ほど置いたはずの魚の入った袋がなかった。

 別のところに置いたっけ??

 流しを見るがそこにもない。

「………あれ?」

 どこにやったんだろう。

 確かにここに置いたはずだ。

 首を傾げて考えるが、どうしてもわからない。

「何している。 飯はどうした」

 うろちょろとキッチンを歩き回る淳平に、杵築がなんだと声をかけてきた。

「……なあ、あんた知らねえ? さっきここに置いた魚……」

 まさかな、と思いながら、一応尋ねる。

 が、返ってきた答えは………。

「ああ、それなら隣にやった」

「っ!!!!! や、やったあああ??!!」

 平然と答える男に、淳平は思わず大声を上げていた。

「やったって、やった……それ、今日の……っ」

「どうせ食わないもの、あっても仕方ないだろう。 隣の部屋が猫を飼っているようだから

やってきた」

「猫……やった………」

 ふるふると淳平の肩が怒りに震える。

「それよりもさっさと飯にしてくれ。いつまで待たせる気だ」

「てめえ………っ」

「それとも今日は飯はなしか? それならそれで俺はかまわないが?」

「うるせえ! 今から作る!!」

 挑発的な言葉に淳平は残った材料を袋から取り出し、だんっとカウンターに置いた。

「ちくしょうっ ちくしょうっ ちくしょうっ!!!」

 ダンッ! ダンッ! とキャベツを真っ二つにして行き場のない怒りをぶつける。

 その音を聞きながら、杵築はまた新聞を広げた。

 その口元には笑みが浮かんでいた。




 …………今日もまた、淳平の負け、だった。






 



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