第二回人気投票第一位 記念ショート小説

             「Dear my dearest」 番外    





 柔らかな陽の光が差し込む午後のひととき。

 いつもなら屋敷の中を何かと走り回っているニコルだったが、今日は違った。

 昼食の後、ずっと自室にこもって机に向かっていた。

「 えーっと、えーっと……」

 分厚い本とにらめっこしながら何やら必死に考えている。

「う〜わからない〜〜」
 
 
カリカリカリと手元の紙にペンを走らせる。

「 ここの綴りがこうだから……だからこれはこうで……あれ? スペルどうだっけ……」


 首を傾げる。

「 もうやだ〜わかんないよ〜〜」

 ぱたりと机にうつぶせてしまう。

 そのままじっとしていたかと思うと、次の瞬間には足をじたばたとさせる。

「 こんな知らない国の言葉なんて覚えられないよ。どうしてこんなの勉強しなきゃならないん

だよ〜」

 足をじたばたさせながらつぶやく。

「 ……お天気いいな〜 外でダナンと遊びたい……」

 窓から見える青空を恨めしそうに見る。

 しかし今日は遊ぶわけにはいかない。

 しばらく勉強をさぼっていたことがばれて、デュークに言い渡されてしまったのだ。

 今日の午後はずっと部屋で勉強だと。 でないと夕方から予定していた観劇に連れて行って

もらえない。

 どうしても行きたいニコルは張り切って勉強を始めたのだが、苦手な外国語とあって

勉強は遅々として進まない。

「 でも頑張らなきゃ……」

 大好きなデュークと大好きなお出かけなのだ。どうしても連れて行って欲しい。

 もうひと踏ん張りと机に向き直る。

 またしばらくかりかりとペンを走らせる音が聞こえた。

 が、それはだんだんとゆっくり途切れがちになっていった。

 机に向かっていた頭がゆらゆらと揺れ出す。時折かくんと首が落ちてははっと頭が上がる。

 暖かい午後の日差しが眠気を誘うのだ。 しかも先ほどお腹いっぱい昼食を食べたばかりだ。

 うとうととしてははっと目覚め、、いけないと首を振る。

「 お昼寝しちゃだめ。ちゃんとお勉強しなきゃ……」

 気合を入れ直してまた本に目を落とす。

 ………が、それも長くは続かなかった。

 眠気と戦っていたニコルはとうとう睡魔に負け、知らず机に突っ伏すようにして眠って

しまった。





 はっと目が覚めた時にはだいぶ日差しも傾いていた。

「 あああっ もうこんな時間!」

 どうしよう、ほとんど進んでいない。

 焦った顔で手元を見下ろしたニコルは、そこでまた慌てだした。

 インクの乾ききっていない紙に突っ伏していたからだろう。せっかく書いた文字がこすれて

真っ黒になってしまっている。これでは何を勉強していたのかわからない。

「 どうしよう……」

 これではデュークになんと言えばいいかわからない。

 ちゃんと勉強していたかどうか確認するからね。

 デュークはそう言ったのだ。

「 どうしよう…どうしよう……」

 おろおろとしたニコルだったが、少し考えて真っ黒になった紙をくしゃくしゃと小さく丸めて

ベッドの下に隠してしまった。

 その下の紙は幸いきれいなままだった。

  それから急いで本の中身を書き写し始める。

 何行か書いたところで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「 ニコル? いいかい?」

 声とともに入ってきたのはすっかり身支度を整えたデュークだった。

「 ちゃんと勉強していたかい?」

 近づいてくる足音に気づきながら、勉強に集中している振りをする。

ニコル?」

 肩に手をかけられてやっと顔をあげる。

「 デュ、デュークさま……」

 内心どきどきしながら、にっこりと笑う。

 ニコルの顔を見たデュークは一瞬妙な顔をした。そしてすぐにそれは苦笑へと変わった。

「 ……ニコル、お昼寝は気持ちよかったかい?」

「 !」

 苦笑混じりにそう言われ、ニコルは絶句してしまった。

「 どうして……」

 どうしてわかってしまったのか、焦るニコルの頬をデュークの指がちょんとつつく。

「 鏡をみておいで」

 



 慌てて鏡を覗き込んだニコルが見たものは、自分の顔一杯に移ったインクの文字だった。




                        END



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