冬の瞳
ごそごそと、エリヤは奥庭の中にある一本の大木の根元に大きく開いた洞に潜り込んだ。 ここはエリヤだけの秘密の場所だった。 この大木の前には大きな植え込みがある上、大木自体が庭の奥まった場所にあるため、 近くを歩いてもちょっと見にはそんなものがあるとは気づかないのだ。 そのお気に入りの場所に潜り込み、エリヤは膝を抱えて座り込んでいた。 城の方からは人々のざわめきがかすかに聞こえてくる。 皆、今日の祝いの準備におおわらわなのだろう。。 そう、今日はエリヤの7歳の誕生日だった。 その祝いの席が設けられるのだ。 しかし、当の本人は落胆した顔で木の洞の中でうずくまっていた。 それは………。 「………つまんない……母様にお会いできないなんて………」 しょんぼりと呟く。 今日は一週間ぶりに母と会えるはずだったのだ。 もともと体の弱い母が季節の変わり目ということもあり体調を崩したため、エリヤは 日に一度、たった数十分の面会も許されなくなっていた。 母のためと我慢していたエリヤだったが、この祝いの日にさえ会えないということに、さすがに 落胆を隠し切れなった。 「今日は絶対大丈夫だって、言っていたのに………」 ここ数日は体調も良く、エリヤの誕生日には必ず会えると聞かされていた。 それを楽しみに していたのだ。 なのに、昨夜からまた具合が悪くなり、今朝になっても微熱が下がらないという ことで、急遽祝いの席の欠席が告げられた。 そのことを乳母から告げられたエリヤは、とっさに部屋を飛び出していた。 母に会えないならお祝いなんてしてほしくない、そんな席に出たくなかった。 エリヤは涙を堪えながら、膝に顔を埋めた。 「兄様っ 見てっ こんな奥に庭があるよ」 突然、はしゃいだ声が聞こえてきた。 その声にエリヤはふと顔を上げた。 誰だろう………ここは王族以外入ることを許されていない場所なのに……。 「へえ、いい場所だな」 続いて聞こえてきた声も子供の声だった。 聞き覚えのない声に、エリヤは見つからないように恐る恐る茂みの中から様子を窺った。 そこにいたのは、二人の少年だった。 一人はエリヤと同じ位の年の少年、そしてもう一人は少し年上らしい背の高い少年だった。 兄様、と小さい方の少年が言ったところをみると兄弟か。 「おい見ろよ。 ユール、これって食えるんじゃないか」 背の高い赤毛の少年が、近くにある木に実っている果実を無造作にもぎ取った。 「兄様! だめだよ。 毒でもあったらどうするんだよ」 「毒〜? んなわけないだろう。 俺、森で似たような実を見たことあるぞ」 ユールと呼ばれた弟らしき少年の咎めに、兄の方が笑いながら一口かじった。 途端、顔をゆがめて口の中のものを吐き出した。 「うえっ すっぱ……っ!」 その顔に、エリヤは密かに笑った。 エリヤもその実をかじったことがあるのだ。 とてもすっぱくて食べられたものではない。 「もうっ だから言ったじゃないか。 兄様の間抜けっ」 「何をっ おいユール、お前弟のくせして生意気だぞっ!」 「きゃあっ、痛い痛い! あはははっ 兄様、やめてやめてったらっ」 首を抱え込まれ、ぐりぐりと乱暴に撫でられてユールが楽しそうに悲鳴を上げた。 ……いいなあ……楽しそう………。 そっとその様子を見ていたエリヤは、心の中に羨ましさが込み上げてくるのを感じた。 自分も兄弟が欲しかった。 あんな風に一緒に遊んで笑える兄弟が。 憧れをこめて、なおも隠れて眺めていると、兄の方の少年がふと顔を上げた。 「……いけねっ 父上が呼んでるみたいだっ」 「あっ 待ってよ! 兄様っ」 慌てたように二人は駆け出し、庭から出て行った。 そしてあっというまに、エリヤの視界から 消えてしまった。 二人が消えた後、 エリヤはごそごそと茂みの中から這い出た。 そして二人が消えた方向をじっと見た。 ……誰だろう………また、会えるかな。 どこの誰かもわからない、名前も知らない少年達。 しかし、何故かエリヤは二人のことがきになって仕方がなかった。 もう一度、会いたかった。 その数時間後、エリヤは祝いの席で、彼らが自分の従兄弟達であることを知ったのだった。 |