第四夜

多谷 x 朔巳

 

 

 

   「おやすみ」

  そう言って別れたのはついさっきのこと。

 




  朔巳はベッドの中で何度も寝返りを打った。

  眠れない……

  先ほど別れ際に交わしたキスの感触がまだ唇に残っている。

  もう何度キスをしたことだろうか。

  しかし朔巳はいまだに慣れることができない。 いつもキスをされるたびに

胸がドキドキとしてしまうのだ。

  好きで好きで……本当に大好きで……彼と本当に恋人同士になれたことが

信じられなくて、 夜眠るときには不安になってしまう。

  朝目が覚めたときに全てが夢だったらどうしようと、そう考えてしまうのだ。

  今夜もまだしばらくは眠れそうになかった。

  朔巳はそっと起きあがると、 薄暗い部屋の中で膝を抱えた。

  もう真夜中も過ぎている。

  しんとした静けさだけが朔巳を包む。

  こんな静かな夜は余計に寂しさが募る。

  会いたい………

  さっき別れたばかりだというのに、 むしょうに多谷に会いたかった。

  会って、この不安な気持ちを消し去って欲しかった。

  和春……今どうしてるかな……もう眠ってる?

  今ごろ眠りについているだろう恋人を思う。

  と、

  ピピッピピッピピッ……

  鞄に入れている携帯電話が突然鳴り出した。

  びくりとしてそちらを見る。

  つい先日買ったばかりの電話だった。

  今時携帯電話も持っていなかった朔巳に、多谷が強引に持たせたのだ。

  いつでも連絡がとれるようにしたいから、と。

  その電話が鳴っている。

  番号は多谷と伊勢しか知らないはずだった。

  とすれば……………

  朔巳の胸がドキドキと高鳴り出す。

  鞄の中から電話を取り出すと、 チカチカと点滅を繰り返しながら早く出ろと

催促しているようだった。

  ………ピッ

  震える指でボタンを押す。

 「………はい…」

 ” ……朔巳? ”

  電話の向こうから聞こえてくる声に朔巳はドキンとした。

  多谷だった。

 「うん……」

 ” 悪い。 寝ていたか? ”

 「ううん……」

  気遣うような声に、 見えはしないのにぶんぶんと首を振ってしまう。

 「お、 起きてた………なんだか眠れなくて……」

 ” そっか……よかった ”

  多谷がほっと笑う気配がした。

 「どうか、 した? ………和春がこんな時間に電話してくるなんて……」

  最初の驚きが消えた後、 今度は朔巳の心に心配が沸き起こる。

  何かあったのだろうか。

  だが、 その心配は杞憂だった。

 ” いや………ちょっと、 急に朔巳の声が聴きたくなった ”

 「…っ!」

  多谷の言葉に朔巳は目を見張った。

  自分が想うように、 彼も今自分のことを考えていてくれたのだ。

 ” 朔巳? ”

  電話の向こうから多谷の声がする。

 「……お、れも……俺も今和春のこと、考えてた……会いたいって…」

 ” 朔巳も? ”

  多谷が笑ったようだった。

 「うん………変だよね。 さっき会ってたばっかりなのに、 もう会いたいなんて…」

  ” …………今からそっちに行こうか? ”

  少し黙った後、 多谷がそう言った。

 「え?」

 ” 今から行けば30分もかからない。 すぐ、 行こうか? ”

  多谷の声はどこか真剣な響きを持っていた。

 「い、 いいよ。 明日……もう今日か……朝になればまた会えるんだし……」

  本当にそう思った。

  さっきまでの寂しさはどこかに行ってしまっていた。

 「本当に……声が聞けて……それで充分、嬉しい」

 ” 俺も朔巳の声が聞けて、 なんか落ち着いた ”

 「落ち着いた?」

 ” ああ、 すごく……すごく聞きたかったんだ。 なんでだろうな ”

 「和春……」

 ” …朔巳、 愛してるよ ”

 「うん……俺も……」

 ” もう寝ろよ。 ……眠れそうか?”

 「うん……もう大丈夫。 眠れる」

 ” そっか……じゃあ後で……おやすみ ”

 「うん……おやすみ……」

  優しい響きを残して電話が切れた。

  朔巳は電話を手に持ったまま、 じっと余韻に浸っていた。

  心がふんわりと温かい。

  ごそごそとベッドに横になる。

  ちょっと考えて、 電話を胸に抱きしめた。

 「………おやすみ、 和春…」

  そうつぶやく。

  だんだんと瞼が重くなっていく。

  もう朔巳の心の中に不安はなかった。

  また、 朝になれば多谷に会える………

  朔巳はその時を待ち遠しく思いながら、 眠りに落ちていった。







END



 







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