虜  〜ガイの一日〜






 ガイの一日はユリアスを起こすことから始まる。

 始まるのだが………。

「ん………っもうっ 離せってば……っ しつこいぞっ このバカ海賊が……んんっ」

 扉をノックしようとして、中から聞こえてきた声にその手を止めた。

 こ、これは………。

 みるみる自分の顔が熱くなるのを感じた。

「やめ……っ いい、かげんにし……あ…んっ」

 間違いない。今部屋に入っては………。

 主の艶っぽい声に中で何が起こっているのか悟る。

 ガイは扉に伸ばしたまま固まっていた手を下げると、そそくさとその場を離れた。




 「はあ………」

 甲板に続く階段に腰を下ろし、ため息をついた。

 主であるユリアスの世話が仕事なのに、当の相手があの調子では自分の仕事ができない。

 どうしようかと思っているうちに、お腹がぐうっと鳴った。

「……とりあえず朝食を先にすませよう」

 立ち上がり、厨房へと向かった。



「よお、どうした、ガイ。 そんなしけた顔して」

 厨房に入ると、ベネットがすかさず声をかけてきた。

「王子さんはまだおねんねかい? 朝飯まだなんだろう、食うか?」

 言いながら、もうスープを入れようと器を手にしている。

「ああ、ありがとう……」

 答えながら、おねんねという言葉にまた顔が赤らむのを感じた。

「なんだ、どうした。そんな赤い顔して………ははあん……まあた王子さんの所にお頭が

しけ込んでんだな。見ちまったのか?」

「っ! そのような無礼なことは…っ 見てなどいないっ」

 にやにやと言われ、ガイはむきになって反論していた。 そして手にしたパンを乱暴に千切る。

「どうしたんだ? そんな大声を出して」

「あ……カール……」

 扉を開けて入ってきた男を見て、ガイはまた顔を赤らめた。

 そんな彼に、男……カールは笑いながら頬にキスした。

「おはよう。 どうして先にベッドを出てしまったんだい? 起こしてくれてもよかったのに」

「カ、カールっ!」

「おーお、 お熱いねえ」

 ベネットがにやにやと笑う。



「ガイッ!!」



 そこへいきなり一つの影が飛び込んできた。

「ユリアスさま」

 自分の主の姿を認め、ガイはあわてて立ち上がった。

「ユリアスさま、おはようございます。 すぐにお部屋に朝食を………」

「そんなものどうでもいいっ!」

 ガイの言葉に、ユリアスはまっかな顔をして怒鳴った。

「ガイッ すぐ支度しろっ」

「は?」

 何の支度かと首を傾げる。

「何でもいいっ 支度だっ! 私は仕事をするんだっ!」

「…………」

「うわ〜 王子さま、 はりきってるねえ」

 絶句するガイの隣で、カールが面白そうにつぶやいた。

 仕事……仕事? ユリアスさまが…仕事? 何の? 何故? どうして…?

 わけがわからず、ぐるぐる頭の中を疑問が回る。

「ガイッ 早くしろっ!!」

 ユリアスが癇癪を起こしたように地団太を踏む。

「ユ、ユリアスさま……お仕事と申されましても……」

 どうしたらいいのかわからない。

「何でもいいと言っているだろうっ! 私は何でもできるんだっ ね、ね、閨の相手しかできない

役立たずではないぞ!」

 真っ赤な顔でそう叫ぶ。

「……………」

「………ヒューイか……」

 カールがぽそっと言った。

 おそらくこの船の船長でユリアスの恋人でもあるヒューイが、いらぬ失言でもしたのだろう。

 どう答えたらいいのかわからず、また絶句するガイの隣で、カールがため息をついた。

「仕方ない。 ベネット、何か手伝いでもさせてやってくれ」

「ええっ ここでですかいっ」

 面白そうに様子を見ていたベネットが、慌てたような声を上げた。

「なんだっ! 不満などなかろうっ この私が直々にお前を手伝ってやろうというのだからなっ

ありがたく仕事を私にさせろっ!」

「………ユリアスさま……」

 言葉がおかしいです。

「ガイッ 何をぐずぐずしているっ お前も一緒にするんだぞっ!」

「まあ、健闘を祈るよ」

 ぽんぽんとカールが肩を叩く。

「………」

 何が起こるのかと戦々恐々するガイに、カールは耳元でぽそっと囁いた。

「……早く王子をなだめて俺のところにおいで。 待ってるから」

 一緒に昼食をとろう。

 カールの言葉に、ガイは頬を染めながら小さくこくんと頷いた。



 しかし、その約束は結局果たされなかった。



 殺人的なほどの不器用さを発揮したユリアスは、厨房の中を引っ掻き回した挙句、堪忍袋の

尾が切れたベネットによって厨房を追い出され、今度は甲板磨きをしている船員達を手伝おうと

して一人を海に突き落としかけ、ロープをまとめようとしては自分が身動きとれないほどに縺れ

させてしまい………最後には船員達にも甲板から追い出されてしまった。

 それでも何か仕事を探そうとするユリアスに付き従い、ガイは一日中船内を走り回ることに

なった。

 そして、夕方になりようやく騒ぎの元を捕まえに来たヒューイによって、ユリアスが部屋に

運ばれていき、ガイはほっと息をついた。

 もう疲れてくたくただった。

 と、

「あ、いたいた」

 そこへカールがにこにことやって来た。

「カール………っ!」

 ひょいと、先ほどのユリアスと同じように肩に担がれてしまい、思わず大声を上げた。

「カールッ! いきなり何を……っ」

「何って、お仕置き」

「っ!」

 お仕置き? お仕置きって……自分が?

 何故自分がそのような目に遭わなければならないのかわからず、ガイはじたばたとカールの

肩の上で暴れた。

「カールッ 下ろしてくださいっ どうして僕がそんな……」

「約束破ったから」

 しらっとカールが言う。

「一緒に昼食をとる約束を破っただろう? だからお仕置き」

「っ! だって、あれは………」

 ユリアスに振り回され続けて、すっかり忘れていた。

 でも仕方がないことではないかと反論するが、カールは笑って首を振った。

「約束は約束だろう。 覚悟しなさい。 今日一日放っておかれた分、今夜じっくりとお仕置きして

あげるから」

「っっ!!!」

 ガイの顔が真っ青になり、そして真っ赤になった。

 …………ヒューイに反抗するユリアスの気持ちがわかった気がした。






 そして次の日、ガイは初めて自分の仕事をサボることになったのだった。














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