第五夜

瀬名生 x 藤見

 

 

 

   「ちょっといいかな。 藤見先生はどこに行った知らないか?」

  瀬名生はナースセンターを覗きこみ、 中にいる看護婦に声をかけた。

 「あら瀬名生先生、 今日はもうお帰りになったんじゃあ」

 「あ……ああ。 ちょっと、藤見先生に伝えるのを忘れていたことがあってね」

 「藤見先生なら先ほど仮眠を取られにいかれましたよ」

  瀬名生の言葉に何の疑問も持たず、 彼女はにこやかに答えた。

 「そう、 ありがとう」

  瀬名生はそう礼を言うと、 手を振ってその場を離れた。









  言われたとおり仮眠室に行くと、 藤見が窮屈な姿勢で畳の上に横になっていた。

 「芳留………?」

  そっと声をかけるが眠り込んでいるのか、起きる気配はない。

 「芳留、 そんな格好で寝ているとかえって疲れるぞ」

  苦笑しながら手を伸ばして抱き起こす。

 「…ん………貴…士……さん?」

  自分を抱き起こす腕に、 藤見はうっすらと目を開けた。

  瀬名生の顔が目の前にあることに気付き、 驚いたように飛び起きた。

 「貴……っ、 せ、瀬名生先生、 どうされたんです? もうお帰りになったんじゃ……」

 「ああ、 一度家には帰った。 で、 また戻ってきた」

 「?」

 「芳留に差し入れ」

  そう言って差し出されたのは紙袋だった。

 「あ……」

  中を開いて覗いた藤見が目を見開く。

 「どうせ昼からろくろく食べていないんだろう? ……もしかして何も食べていないとか?」

  忙しいとすぐに食事を抜いてしまう藤見を知っている瀬名生はもう一つの紙袋から

保温ポットを取り出し、部屋内に置いてある紙コップにコーヒーを注ぎ入れた。

 「はい、 やっぱり病院のコーヒーは苦いばかりで上手くないからね」

 「貴士さん……わざわざ家から……?」

 「ほら、 さっさと食べよう。 俺もまだ食事していないんだ」

  瀬名生は藤見の手にある紙袋を掴むと、 中からサンドイッチやサラダを取り出した。

 「これなら疲れていても食べられるだろう? 俺の特製サンドイッチ」

 「こんな……貴士さんだってお疲れなのに……早く休んでくれれば………」

  わざわざ夜勤の自分のために差し入れを作って持って来てくれたのだ。

  藤見は申し訳なさに顔を曇らせる。

 「違うよ」

 「え?」

  そんな藤見に瀬名生があっさりと言った。

 「芳留のためだけじゃあない。 俺も芳留と一緒に夕食を食べたかったんだ」 

 「!」

 「どうも芳留と一緒に暮らすようになってから一人で食べるのが侘しくなってさ。

つい作って持ってきちまった」

 「貴士さん………」

 「一人で侘しい食事をするくらいなら、 車でたった20分走って上手い食事したほうが

ずっといいだろう」

  そう言って本当に美味しそうにサンドイッチを口にした。

  黙ってその様子を見ていた藤見の口元が、 ゆっくりと綻んでいく。

  と、 瀬名生がうっと顔をしかめた。

 「貴士さん?」

 「…………まいったな……サンドイッチより芳留が食いたくなった」

 「!」

  ぼそりとつぶやかれた言葉に、 藤見の顔がみるみる真っ赤になる。

 「っな、 何を言ってるんですか。 こんなところで……っ」

 「誰もこないぞ?」

 「そんな、問題じゃあないです!」

  真っ赤になって手にしていたサンドイッチを瀬名生の口に突き出す。

 「食事はこれで充分です」

 「ふ〜ん………」

  にやりと笑った瀬名生は、 目の前にあるサンドイッチを持ったままの藤見の手首を

掴み、 おもむろに自分の方へ引き寄せた。

 「っ!」

  胸に倒れこむ形で抱き寄せられ、 そのまま唇を塞がれる。

 「……んっ!」

  しばらくはうろたえて、 じたばたともがいていた藤見だったが、彼を引き離そうとしていた

腕はじきに彼に縋りつくものに変わった。

  瀬名生が唇を放したときには藤見の方が離れようとしなかった。

 「…………残念、 今夜はここまでだな」

  その声にはっと我れに返る。

 「明日は早く帰っておいで。 ………部屋で待ってるから」

  その言葉に、 明日は瀬名生は休日だったことを思い出した。

  家に帰れば瀬名生がいる、 自分を待っていてくれる。

  切なくなるほどに胸が痛くなる。

  自分の帰りを待ってくれる人のいることにたとえようもないほどの幸せを感じる。

  藤見はほんわりと笑うと、 こくんと頷いた。





END







Treasurehunt topへ