真昼の月
何故、そんなことをしたのか、グラールドは自分でもわからなかった。 ただ、気づいた時にはそう命じていた。 甘くて瑞々しくて……一番好きな果物です。 目の前の家臣の出身がシリルの故国ウィスタリアとの国境近くにあることを思い出した グラールドは、昨晩シリルが何気なく言った言葉を思い出した。 「……ペペルという果物を知っているか」 無意識にそう尋ねていた。 「は?」 問われた家臣の方が戸惑った顔をしていた。 今まで王がそのようなことを尋ねたことは なかったのだ。 「……いや、」 何でもないと言おうとしたグラールドよりも先に、家臣は口を開いた。 「存じております。 確かウィスタリアでしかとれない果物ですね。 一度だけ口にしたことが ございます。 たいそう甘くて瑞々しく美味しいものでした」 「美味いのか」 「それはもう……しかし痛みやすいのが難でございまして、輸送には少々不向きのもので、 それゆえこの国ではあまり知られていないのですが」 「痛みやすい……用意できないのか?」 そんなつもりはなかった。 果物のことを口にしたのもほんの気まぐれのはずだった。 ましてそれを持って来いなどと。 しかし、あの懐かしそうなシリルの顔が脳裏に浮かび、意識するよりも先に言葉が出ていた。 「用意………それは出来ぬことではありませんが、ただ費用が………」 痛みやすいものゆえ、輸送の手はずに……。 そう躊躇する家臣に、グラールドは素っ気なく言った。 「かまわぬ。用意しろ」 「………かしこまりました」 王がこのようなことを命じるのはきわめて稀なことだ。 まして王が果物一つにこんなに こだわることなど今までになかったことなのだ。 一体何のためなのか。 戸惑いを隠せない顔で、しかし家臣は何も聞かず頭を下げた。 数日後、城にピンク色に熟した甘い香りを放つ果物が到着した。 そしてそれはすぐさま、シリルの元へ届けられたのだった。 「………そのようなことがあったか」 手元の器を見ながら、グラールドは眉を寄せた。 シリルがうすく微笑みながら器の中身を指で摘み上げた。 「あれからこの果物がよくこちらに届けられるようになったことをご存知ですか?」 「……いや」 グラールドの直々の所望だということで、ペペルの実が王の好物なのだという噂が 城内に広まったのだ。 そして、それは城下にもいつしか広まり、商人達が率先して仕入れに奔走した結果、 ペペルの実は一気に都の流行の食べ物になったのだった。 「俺の好物だと? これが?」 また眉を顰めて、グラールドは差し出される実を睨んだ。 「お嫌いではないでしょう?」 「………そうだな」 シリルの差し出す果物の欠片を口に含む。 そしてそのまま指まで口に含んでしまう。 「…陛下…っ」 「だが、どちらかというと俺はあの後の行為の方が気に入ったがな」 「っ!」 にやりと笑うグラールドの視線に、シリルの顔が真っ赤になる。 思い出したのだ。 初めてグラールドがこの果物を届けてくれた夜、これを使って何をされた のか………。 「へ、陛下………」 「何だ?」 グラールドの唇がシリルの指から手首へと移っていく。 「あいかわらず、甘い匂いだな。 甘すぎて息苦しくなる」 そう言いながら、シリルの体を座っていた長椅子に押し倒す。 「陛下、あの………」 「だから何だ」 「……………いいえ、何も……」 のしかかる男を見上げ、その目に穏やかな光を見つけたシリルは首を横に振った。 そして微笑みながら両腕を男の背に回した。 部屋中がペペルの甘い香りに包まれていた。 |