第三夜

甲斐 x 信濃

 

 

 

   「信濃さん、 これ何?」

  夜、 風呂から上がった甲斐は、 テーブルの下に落ちていた見た事もない奇妙な

形のものを拾い上げて首を傾げた。

 「信濃さん?」

  返事がないことに不思議に思った甲斐がソファの上を見ると、 真っ赤な顔を

した信濃がワインのボトルを腕に抱えて寝転がっていた。

 「うわっ 信濃さん! それ、飲んだの?」

 「う〜ん?」

 「あ〜あ、 瓶半分減ってんじゃん 酒、弱いんだろ? なんでワインなんかここに

あるんだよ」

 「こ〜れ〜は〜 酒なんかじゃないっ 葡萄のジュースっ おいしいよ〜

甲斐も飲むか?」

 「……信濃さん〜 やめてよ。 それ本当に酔っ払いの台詞」

  へらへらと笑いながらそう言い返してくる信濃に、 甲斐はため息をついた。

 「葡萄は〜体にいいのっ ポ…ポ…? 何だっけ? ……とにかくそれが入っている

からいいのっ」

 「はいはい。 ったく、どうしてこんなに飲んでんだよ」

  さっきクリスマスのディナーから帰って来たばかりだった。

  お腹がいっぱいになって幸せな気分に浸りながら部屋に戻ってきて、 さあこれから

本当に恋人の時間なんだと、 子供ながらに勢い込んで風呂から上がったばかり

だったのだ。

  なのに風呂から出てみると、 先に風呂に入って自分を待っているはずの信濃は

立派な酔っ払いに変わっていた。

 「信濃さん〜〜 今夜はイブだろう? 俺達恋人なんだろう?」

 「ん〜〜〜?」

  気鋭を削がれて甲斐は情けない声を出した。

 「あははは、何お前情けない顔してんだよ。 ほ〜ら、 よしよしv」

  ソファの側に座りこんだ甲斐を見た信濃は、 おいでおいでと手を振って、彼の

頭をその胸に抱きこんだ。

 「ん〜〜v いい匂いv」 

  くんくんとかすかに濡れた頭に鼻をすり寄せてシャンプーの香りを嗅ぐ。

 「……もう、 このまま襲っちまうぞ…」

  温かい胸からは自分と同じ石鹸の匂いがする。

  甲斐はその匂いに欲情を刺激されっぱなしだった。

  なんといっても自分はまだ14の元気いっぱいな少年なのだ。

  生まれて初めてSEXを、 それも好きな人として、 その気持ちの良さを知ったばかり

なのだ。 その相手とこんなに密着して何もない方がおかしい。

 「何ぶつぶつ言って……ん〜〜? 何? お前何手に持ってんの?」

  ぐりぐりと甲斐の頭に鼻を擦り付け続けていた信濃が、 少年が手にしていた

ものに目を留める。

 「ああ………そうだ、 信濃さん。 これ何?」

  まともな答えが返ってくるのかと疑問に思いながらも甲斐は訊ねた。

 「それはあ〜 ワインのコルク抜き〜」

 「コルク抜き?」

  聞きなれない言葉に首を傾げる。

 「そう。 それはあ〜こうやって〜………」

 「信濃さん?」

  突然、 信濃はソファから立ち上がると、 ふらふらと台所に消えていった。

 「し、信濃さんっ」

  慌てて後を追おうとした甲斐が立ち上がったときに、 またふらふらと戻ってきた。

  その両手にはワインの瓶が何本も抱えられていた。

 「信濃さん、 そんなにたくさんのワイン、 一体どこで……」

  驚く甲斐に信濃はにへらと笑った。

 「もらい物〜 出版社や作家仲間達が……あれ? 別の友達だっけ?」

  あれと首をひねるが、 まあいいかとまた楽しそうな表情に戻る。

 「そのコルク抜きをこうやって………」

  おぼつかない手つきでくるくるとコルク栓に栓抜きをねじ込んでいく。

 「ここを押すと空気の圧力で中から………うわっ」

 「うわあっ!」

  信濃が開けたのはワインではなくシャンペンの瓶だった。

  シュワシュワと溢れ出した泡が信濃の手やテーブルを濡らしていく。

 「し、 信濃さんっ タオルタオル…っ」

 「あはははっ! すごいねえ〜 泡泡だあv」

 「笑い事じゃないって! し、 信濃さんっ!!」

  タオルを取りに台所へ行こうとした甲斐は、 信濃が次の瓶に手を伸ばすのを見て、

慌てて引き返す。

 「信濃さんっ! もうダメだよっ これ以上は……っ」

 「ダメ〜 全部開けるんだあv」

 「ぜ…っ ダ、ダメっ! 信濃さんっ ほらっ 手を離してっ」

 「ん〜〜っ」

  無理矢理に瓶を奪い取られた信濃が不満そうな顔をする。

 「あ〜あ……ほら、寝巻がビシャビシャ……」

  甲斐はせっせと酔っ払った信濃の世話をしながら、 なんだか自分の方が大人な

気分になってきた。 いや、 これはもう母親の気分か?

  が、 その気分は信濃の次の行動で吹っ飛んだ。

 「甲斐〜 しよv」

  自分の寝巻を脱がせていく甲斐に勘違いしたのか、 信濃ががばっと抱きついて

来た。 そして甲斐の寝巻のズボンの中に手を入れてくる。

 「うわっ! し、信濃さんっ!!」

 「ん〜〜 元気元気v」

  手の中でみるみる形を変えていく甲斐のそれを見て、 信濃が嬉しそうに笑う。

  そしてさらに大きくしようと手を動かす。

 「信濃さん……っ この、酔っ払い!」

 「可愛いねえ 甲斐のここはv」

 「っ!」

  抵抗しようとしていた甲斐は、 その言葉にむっとした顔を見せた。

  押しのけようとしていた手を止め、 反対に信濃をぐいと引き寄せる。

 「ん?」

 「可愛いかどうか、 信濃さんの体で試してやるよ」

  そう言ってシャンペンに塗れたソファに信濃を押し倒す。

  もうぐちゃぐちゃになった部屋の事などどうでもよかった。

  自分を可愛いと言った、 それこそ可愛いこの酔っ払いを何とかする方が先だった。

  完全に酔っている信濃が楽しそうに甲斐の首に腕を回してくる。

  甲斐はワインとシャンペンの香りに自分も酔いそうになりながら、 年上の恋人

の体に溺れていった。





  窓の外はまだ雪が降っている。



  次の朝、 完全に二日酔いの信濃が悲惨な状況になったリビングを見て、さらに

二日酔いを悪化させたのは当然のことだった。





END







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