evermore ......






「信濃さん? し−な−の−さん」

 甲斐はどうしたのかと、腕の中にいる信濃の顔を覗き込もうとした。





 10年振りにやっと再会を果たし、夢にまで見た愛しい人をこの腕に抱けた。

 懐かしい信濃の匂い、その感触。

 胸の中にたとえようもない愛しさと切なさが込み上げてきた。

 どうしたらいいのかわからなくなるくらい愛しい。

 あまりに恋しすぎて会いたくて、信濃を見つけた三年前、矢も立てもたまらず彼の前に

出てしまいそうになった。

 今彼に会ってもどうしようもないのだと、やっとの思いでその衝動を抑え、そっと遠くから

その存在を確認したあの日。

 信濃の姿を目にした瞬間、涙が込み上げてきた。

 立っていられず、その場にしゃがみこんでしまった。

 7年間、ずっと不安だった。

 自分のいるべき時間に戻ったのだと知った時、真っ先に思ったのは信濃はどうしている

かということだった。

 まだ自分と同じ学生だろう彼。

 自分の知っている彼はまだどこにもいないのだ。

 いや、それよりも、本当に信濃と過ごした時間は存在したのかと、甲斐は不安になった。

 今までと同じ普通の生活を送るうちに、あの日々は自分の夢だったのではないかと、

不安で不安でたまらなくなった。

 もしこのまま10年後、あの場所に行っても信濃がいなかったら、彼に会えなかったら……。

 恐れと不安に苛まれた日々。

 しかし、彼はいたのだ。

 本当に彼は存在したのだと、この世にいるのだと、嬉しくて……そしてまた恋しくて……

涙が止まらなかった。

 あれから三年。

 今やっとこうして彼の前に立つことが出来た。彼を腕に抱くことが出来た。

 もう離れない。

 10年分の想いのたけをぶつけるように、甲斐は力いっぱい信濃を抱きしめた。




 が、突然信濃は身を強張らせると、顔を背けたのだ。

「信濃さん? どうした?」

 問いかけてもそっぽを向いたまま、返事をしない。

「信濃さん? し−な−の−さん」

 抱く腕に力をこめ、こちらを見ろと促す。

「うるさい」

 返って来たのは素っ気ない言葉だった。

 と同時に、身をよじり、甲斐の腕の中から抜け出そうとする。

「信濃さん?」

 突然の信濃の態度の変化に甲斐は訳がわからず、空になった両腕を見下ろした。

「……俺、何かした?」

 何か、彼の気に障ることをしてしまったのだろうか。

「違う、そんなんじゃあ……」

 眉を顰めた甲斐に、信濃はぎこちなく首を振った。

「違う?」
 
 なら、どうしたというのだ。

「お前……前と全然違うから……ちょっと、頭が混乱して……」

 見ると、信濃の頬はかすかに赤くなっていた。

 合点がいく。

「………俺が大人になったから、信濃さんよりでかくなったから戸惑ってる?」

 信濃は小さく頷いた。

 そして恥ずかしそうに呟く。

「……なんか、別の男と浮気してるみたいな気分だ。俺の知ってるお前は俺よりも小さくて

声だってずっと幼くて……それに、そんなコロンなんてつけてなかった!」

「ああ……」

 自分では気づかなかった。

 もう何年も使っているものだったので、特に気にしていなかったのだ。

 甲斐は自分の腕をくんと嗅いだ。

「この匂い、気に入らない?」

 問いかける甲斐に、信濃はまた首を振った。

「そうじゃなくて………いい匂いだけど……なんか……ああっ もう!」

 がしがしと髪を掻く。

「格好よすぎなんだよ! お前、急にそんな大人になりやがって、すごく格好よくなって!

だから恥ずかしいんだよ!」

「信濃さん……」

 甲斐は目を丸くした。

 そして、次にぷっと吹き出した。

「信濃さん」

「うるさい」

 真っ赤になってそっぽを向く想い人を、甲斐は嬉しそうに抱きしめた。

「俺、格好よくなった? 信濃さんの好みの男になった?」

 そう囁く。

 信濃は自分を抱きしめる男の腕をぎゅっと掴むと、小さく呟いた。

「……前からお前だけが俺の好みだよ」

 それを聞いた甲斐はまた大きく破顔すると、力いっぱい恋人を抱きしめた。







 二人の新しい関係が、今始まる。
 









222222を踏まれたあきさまのリクエストで
「君に降る雪のように」その後です。
その後その後、本当にすぐ後、最終話直後の話になってしまいました。
本当はもうちょっと後の話をご希望だったのかも知れませんが……。
大人の甲斐を見た信濃の戸惑いを書きたかったもので。
いかがなものでしょうか。








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