ある日の出来事
「恭生?」 姿が見えない恭生を探してジェフリーがきょろきょろしながら居間にやって来た。 「何やってんだい?」 今日の稽古が終わって居間でゆっくりくつろいでいた逸生が、 うろうろとあちこち歩き回る ジェフリーを見咎めて声をかけてきた。 「いや、 恭生がさっきからいないな、と。」 そう答えながらもそわそわと落ち着かない様子だ。 「恭ならさっき出かけたよ。 友達と会う約束があるからって。」 「出かけたっ? 聞いてないぞ、 そんなこと。」 ジェフリーは驚いたように言った。 「いちいち君に言う必要ないだろう、 そんなこと。 恭にもつきあいってものがあるんだよ。」 「……誰と会ってるんだ?」」 ジェフリーは逸生の言葉も耳に入らないのか、 不機嫌そうに眉を顰めてつぶやいている。 「あのね……人の話は聞くもんだよ。」 「俺の知らないやつか?」 「もしもし?」 「まさかデートじゃないだろうな。」 「こら聞けって。」 「まさか今ごろ変な目にあってるんじゃ……」 自分の言う言葉も聞かずどんどん妄想モードに入っていくジェフリーに、 逸生は呆れた 目を向けた。 ふとその目がいたずらっぽく光る。 「そういや、 やけにめかしこんでいったよな。 恭のやつ。」 「何っ?」 ジェフリーががばっと逸生の方を振り向く。 「いそいそと嬉しそうに出ていったし。」 「嬉しそうっ?」 「遅くなるかもってつぶやいていたかも。」 「遅くなるっっ!?」 「出かける前に風呂入ってたし。」 「っっっ!!!!!」 もうジェフリーは絶叫寸前だった。 「どこにっ誰に会ってるんだっ! 恭生はっっ!!!」 逸生に掴みかからんばかりの形相でくってかかる。 「そりゃあ、 そんな様子じゃあ恭生も愛想尽かすかもねえ。」 「え?」 逸生の襟を掴もうとしていた手がぴたと止まる。 「いっつもべたべたとくっついて、 恭生うっとうしがっていない?」 「うっ!」 図星をつかれたのか、 ジェフリーが言葉に詰まった。 「もともとあいつ束縛されるの嫌がるタイプだし。」 「うっ」 「それも始終ひっついていられたら、 飽きるの早いだろうねえ。」 「あきっっ!?」 「この間稽古場で何してた?」 「っ!」 「ちゃんと恭生の体のこと考えないと、 壊れたらどうするつもり?」 「……」 「君って体力だけはありそうなんだから。」 「…………」 逸生に続けざまに言葉のパンチを食らって、 ジェフリーは青ざめたり赤くなったりと目まぐるしく 顔色を変える。 「あんまり恭生に無茶なことをすると承知しないよ。」 とどめの一撃をくらって、 さすがにその場にしゃがみこんでしまう。 と、 「ただいま。」 玄関から恭生の帰りを告げる声がした。 途端、 ダウンしたはずのジェフリーがすごい勢い起きあがり玄関に飛んでいく。 「逸生兄さん、 頼まれてた本…………うわっ なっ何?……ジェフリーっ 下ろせっ 何するっ!」 玄関先から困惑する恭生の叫び声が聞こえてくる。 その声はだんだんと遠く小さくなっていった。 「……早い。」 後に残された逸生は、 玄関先にポツンと残った自分が頼んだ本の入っている紙袋を見て つぶやいた。 次の朝、 逸生は恭生からいきなり文句を言われた。 見るとその顔は心なしか少しやつれた様子だった。 足元もよろよろとぎこちない。 あの後ジェフリーがどういう行動に出たのか、 簡単に想像出来る。 「う〜ん、 そう出たか。」 煽っただけだったな。
弟の心配をしているはずの優しい兄は、
そう言って楽しそうに笑うだけだった。
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