瀬名生 X 藤見





 遠くで鐘の鳴る重く澄んだ音が聞こえる。

 藤見はそのどこか荘厳にさえ聞こえる音にじっと耳をすませた。

「どうした?」

 ベッドに横になったまま、身じろぎもしない藤見に、隣から瀬名生が声をかけた。

「…鐘の音が……」

「ああ……」

 藤見の言葉に瀬名生がああ、と耳をそばだてる。

 また、ゴオ・・・ン、と鐘の音が小さく聞こえた。

「今年ももうあと少しで終わりだな。いろいろあったが、な」

 瀬名生が感慨深そうに呟く。

 藤見も心の中で瀬名生の言葉に頷いた。

 本当に、いろいろなことがあった。

 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと………しかし一番はやはり

この男に再会したことだろう。

 瀬名生に再会して、苦しい記憶から解放された。

 そして、今こうして二人一緒にいる。一緒の時を過ごせることの幸せを感じている。

 一年前の自分にはとても想像できなかったことだ。

 去年はどうしていただろうか……

 そう記憶を探って苦笑いを浮かべる。

 去年は、そう………病院にいた。 誰もいない部屋に帰っても仕方がないと、当直の代わりを

頼んできた同僚の頼みを聞いたのだ。

 一人、医務局で除夜の鐘を聞いた事を思い出す。

 あの頃の自分が今は遠い過去のものに思える。

「芳留?」

 口元に笑みを浮かべた藤見に瀬名生がどうしたと問いかけてきた。

「なんでも……ただ、幸せだな、と……」

 こんなに穏やかで温かい気持ちで新年を迎えることができる喜び。

 隣に彼がいる幸せ。

「とても……とてもいい年になりそう……」

 そう。来年は必ず幸せな年になる。来年も再来年も、彼がそばにいるのだから。



 時計の針が12を指し示す。

 新しい年の始まりだった。

「新年、おめでとう」

 時計を見た瀬名生が藤見に口付けてきた。

「まずは新年のご挨拶だ」

「……新年最初のキス……ですか?」

 藤見が恥ずかしそうに笑って答える。

「そう。姫始め、という言葉があるからね」

「姫……?」

 聞き慣れない言葉に藤見が首を傾げた。

「知らないのか? ………じゃあ、教えてやろう」

 悪戯っぽく笑った瀬名生が藤見の体に手を伸ばしてきた。

「!」

 目的を持った手の動きに藤見が息を呑んだ。

「貴士さん…っ さっきしたばかり……っ」 

 まだ先ほどの行為の余韻を色濃く残した体は、瀬名生の愛撫にすぐに反応を示し始めた。

「さっきのは年納め。そして新年最初のこれが……」

 言葉の続きは行為で示された。

 隅々まで知り尽くした手が藤見の体をまた熱く高ぶらせていく。

「……愛してるよ、芳留。」

 藤見は快感に霞みかけた理性の片隅で、瀬名生がそう囁くのを聞いた。

 背中に回した腕に力を込める。

 それを感じた瀬名生が薄く笑ってさらに愛撫の手を深めた。

「幸せな年にしような」

 そう耳元で囁く声に藤見も笑みを浮かべた。






 翌日、昼ごろになってようやく起きた二人は、キッチンで向かい合い、改めて新年の挨拶を

交わした。

 目の前には瀬名生が腕によりをかけて作ったおせち料理と雑煮の椀が温かい湯気を

立ち上らせている。

 瀬名生がほらと屠蘇を差し出してくる。

 藤見が満ち足りた笑みを浮かべる。



 穏やかな元旦の日だった。






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