「あの、どうしました?」

声をかけると、男性は情けなさそうにこちらを見た。

「いえ、何でも………ただ、今日はお正月なんですよね。元旦なんですよね……」

そう言いながら、はあっと深くため息をついた。
そしてますます肩を落とした。

見るからに何か悩んでいるようだ。

どうしたのだろうと思っていると、
目の前のマンションから一人の男性が出てきた。
途端、男の表情が一変した。

「信濃さんっ!!!」

呼ばれた男がぎょっとしたようにこちらを見た。
「うわっ 笹部さんっ?! なんでここに……」

「何でじゃないでしょうっ!! 原稿っ! 原稿くださいっ!!
それをいただかないと社に戻れないんですよっ 僕はっ」

「原稿って、今日は正月………」

「原稿に正月も何もありません。
さあ、出してください。とっとと出してくださいっ!」

男のあまりの変わりように呆然と見ていると、
二人は何やら言い合いを始めた。

「野暮なこと言うなよ。今日は元旦だぞ。めでたい日なんだぞ。
一日や二日くらい原稿が遅れたって……」

「確かクリスマスもそう言いましたよねっ! そして結局年末もずるずると……
今日こそは原稿いただきますからねっ
いただくまではどこにも行かせませんっ!」」

「うわ、勘弁してよ〜 
俺、今から甲斐と初詣に行くんだから……」

「原稿を上げるまではだめですっ
甲斐君もわかってくれます。
さあ、部屋に戻って原稿書いてくださいっ とっとと書いてくださいっ」

「そんな………」

笹部の剣幕に、信濃は困ったようにきょろきょろと辺りを見回した。
その目がこちらに向けられる。

「あ………」

何かを思いついたように、信濃がにやりと笑った。

……………何か嫌な予感が……。

「信濃さん?」
笹部が不審気な声を出す。

「あのさ、笹部さん。
実はもう原稿できてるんだよね」
「本当ですかっ!」」
笹部の表情がぱあっと明るくなる。
「なんだ、できてるならできてると先に言ってくださいよ。
信濃さんも人が悪いなあ」
そう言いながら、笹部は両手を差し出した。
「じゃあ早速いただけますか。
そうしたらすぐに退散しますから」

しかし、信濃は自分に向かって差し出された手を見ながら困ったように言った。
「ただね。その原稿、俺今持っていないんだ」
「え?」
「実はあの子に預けてたんだけど、彼女、どこに置いたか忘れてしまったって言ってね」
そう言って、信濃がこちらを指差した。

「!!!!!」
「えええっ!!」

笹部がぎょっとしたようにこちらを見た。
そして猛然とこっちに向かってくる。

「あ、あの。私………」
謂れのない言葉に混乱している間に、笹部は目の前まで来ていた。
すごい形相で覗き込まれる。
「貴方っ!! 原稿をどこかに置き忘れたってっ
どういうことですかっ!!
さっさと思い出してくださいっ さあっ さあっ さあっっ!!!」

「そ、そんなこと言われても………」

「思い出すまではどこにも行かせませんよ。
さあ、早く思い出してくださいっ!」

言いながら、腕をがっしりと掴まれる。

「じゃあ、笹部さん。 俺、行くから」

信濃はその様子を面白そうに見ながらひらひらと手を振った。

「はい。信濃さん。甲斐君によろしく言ってくださいね」
「わかった」

「!!!!!」

こちらに向き直る笹部の後ろから、信濃の手を合わせて謝る姿が目に入った。
「あ………」
しかし、それを指摘しようにも、笹部は血走った目でこちらを見ていて気づかない。

「さあ、さっさと思い出してもらいますよ」
「わ、私知りません〜〜〜っ!」

訴えても聞き入れてもらえない。







結局、笹部は何を言っても信じてくれず、どうすることもできず
信濃が帰ってきた真夜中までそのまま解放されなかった。




当然、パーティは欠席に。




………ご愁傷さまです……















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